つっきー

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天気の話なんてどうだっていいんだ。僕が話したいことは、


「あー、えっと、本日はお日柄も良く...?」
「生憎、そんなありふれた前置きのスピーチを聞きに来たわけではございませんの。用件はなあに? 手紙に書かれていた通り、従者のひとりもつけずに来てあげたのだから感謝していただきたいわ」
「え。たしかに従者は連れてきていないみたいだけどさ、僕の視界には君の腕の中から僕を睨みつけている猫が見えるんだけど」
「ええ、それが何か? 貴方はここに私1人で来てほしいと書いていらっしゃったのだから、その通りにしたまでのことですわ」
「えっと、いやいやそうはならないでしょ!? 1人、即ち君ひとりでってことだったんだけど。え、普通伝わるよね...?」
「歳若くて形式的な手紙のひとつもまともに書いたことのない貴方へ忠告してさしあげますが、自分が伝えようとしたことが漏れなく自分の意図した通りに他者に伝わるとは思わないことね」
「君も同い年だろ、同じクラスなんだから」
「私はひとりでここに参りましたわ。猫と共にいるからといって、ふたりで来たとは言わないでしょう」
「まあたしかに、君と猫が一緒にいるんならそれは『ふたり』じゃなくて『ひとりと1匹』だろうけどさ...」
「では貴方の懸念も解決したところで、改めて用件を仰ってくださらない? 昼休みが終わってしまいますわ」
「さっきから思ってたんだけどその喋り方どうしたの?」
「あら、私の話し方がお気に召しませんの?」
「いや4時間目までは普通だったのに、突然異世界ものの貴族令嬢みたいな話し方されたら誰だって驚くでしょ」
「マイブームですわ」
「唐突だなあ」
「先程の古典の授業で姫君というものに興味を抱いたので、まあ手っ取り早く姫君に成りきってみていますわ」
「国とか時代とか違くない? 絶対こてせんの前でやらない方がいいよ」
「我が校の国語科が誇る敬語警察の前でやるわけありませんわ、こんな適当な話し方。痴れ者め」
「急に武士みたいな語彙で貶された...」
「用件がそれだけならば教室に帰らせていただきますわね。というか呼び出すなら放課後とかにして下さらない? 貴方が昼休み開始時間に呼び出すものだから、ランチがまだですの」
「それはごめん、いやこんな会話をしたいわけじゃなくて」
「なあに? それとも本当に『本日はお日柄も良く...』から始まるスピーチで私を感動させて下さるの? まあ土砂降りですけれどその挨拶は天気のことではないからこういうときも使えると聞いておりますが。この間募集があったスピーチコンテストは英語限定ですわ、お間違えではありません?」
「それも違くて、...いや、君とこんなにお喋りできるってだけで僕には嬉しいことなんだけど、あの...伝えたいことがあって!」
「だからそれをさっさと言えって言ってるんですわ愚か者めが。これ以上引き延ばすなら貴方にこれの読み方を聞いてお終いということにさせますわよ。でははい、『子子子子子子子子子子子子』」
「猫繋がりがこんなところに!? というか今君が言っちゃってるじゃん!」
「あら、ごめんあそばせ。では読み方もわかったところで今日の逢瀬はタイムアップですわ。ではまた」
「え、逢瀬って、あの、え?
......ま、待って! もう引き延ばさないから! 今すぐ言うから! 言わせて下さいお願いします!」

6/1/2023, 9:59:55 AM