『声が聞こえる』
私は、耳が聞こえない。
だから、周り音は分からない。
誰かが話している。
なにかの物音がする。
世界には、音が溢れている。
今までなら。
私は、急に聴力を失った。
朝起きたら何も聞こえなくなっていて。
母が口をパクパクさせているけれど、何かわからず、不思議に思った母が病院に連れていってくれた。
そして、もう二度と聞こえることは無いことが告げられた。
初めはとても戸惑い、嘆いたけれど、そうしていても何もならない、と手話や読唇術を学び始めた。
そうしていくうちに、音の無い世界の面白さにも気づいてきた。
音が聞こえない分、他からの情報が多くなったのだ。
今まで気づかなかった多くのことにきづくことができた。
そんなある日、苦しげな顔をしている男の人を見つけた。
何かを我慢しているような...そんな表情だった。
放っておけばよかったのかもしれない。
でも、どうしても放っておけず男性の肩を叩く。
手話だと伝わらないかもしれない。
そう思いスマートフォンに文字を打つ
【大丈夫ですか?】
目の前の男性は一瞬戸惑い、話し出す。
...マスクで口元が見えない。
だが、眉を下げて手を振っている様子からするに大丈夫だ、と言っているように見える。
私はまた文字を打った。
【本当に大丈夫ならいいのですが...
無理はしないでくださいね。】
きっとこんなものお節介だ。
勘違いだったならただの迷惑になってしまうし。
でも、行動しなければ、助けられないから。
男性は、目を見開いていた。
そして、一縷の涙が目の端から伝っていくのがみえた。
少し驚いたけれど、ああ無理をしていたんだなって思って。
道の端で少し背伸びをして、彼の頭を撫でる。
彼は少し驚いていたものの、大人しく撫でられていた。
少ししてから、彼は立ち去った。
はじめにあった時よりも、ずっと清々しい顔で
マスクをとって
『ありがとう』
と言ってくれた。
家に帰ってから思い出す。
その時流れていた涙は本当に美しくて。
少しだけ彼の心の声が、聞こえた気がした。
9/22/2023, 12:59:24 PM