音をたてないように襖を開くと、少しばかりの隙間から光が流れ落ちるように細い道を作った。薄暗いその側では小さな子供がかわいらしい寝息を立てて眠っている。
きっと、昼間にはしゃいだせいだろう。私は自然に口もとが緩んだのがわかった。小さなこの子は今年で7歳になる。もう言葉を覚えて久しいが、まだまだ育ちざかりの好奇心には限りが見られず、たまにこちらがぎょっとするようなませたことを言うのだ。少々生意気に感じるところもあるが、私たちの顔を見て、したり顔をするのがまたかわいらしく、子供はこのように大きくなるのだなと感心させらせる。身体も四つん這いでいた頃が懐かしく思うくらいだ。
愛しい子の寝顔を眺めていると、夫が心配そうに低い声で尋ねてきた。
「おい、お前。あの人間はいつ食べるんだ」
蝋燭の灯りの中から、じっと夫の目が私を見つめている。
「もう少し、もう少し大きくなったらさ」
「どうして、もう食べ頃だろう」
「いいや、その方がうんと脂が乗って旨いんだ」
振り返らずにそう言えば、夫は諦めてそれ以上何も言わなくなった。彼の考えていることは分かる。この子は、彼が体調を崩した私に精をつけさせるために連れてきた子だ。だから彼のためにもこの子を食べてやるのが正しいと思うし、この子のためにもそうしてやるのが一番なのだ。そんなことは言われずとも、自分がよく分かっている。
恨めしい気持ちで子に目をやれば、すうすう気持ちの良さそうに眠っている。襖から伸びる薄明るいのが気になるのか、子がううん、と寝返りを打つとぽってりとした赤い頬が見えた。これがまた柔らかそうで、美味しそうで。
きゅっ、と瞳孔が縮まるのを感じながら暗がりの中へ手を伸ばすと、子は私の気配を感じたがために、寝ぼけた声で、
「おかあさん…」
それを聞いて、私は途端に我に返り、ぞっとするような、泣きたくなるようなたまらない気持ちで胸がはち切れそうになった。子に伸ばした手を自分の胸の前まで引いて、拳を堅く握り、大きく息を吐いた。
「どうやら私は、お前の母にも鬼にもなれないらしい」
聞こえぬようにそう呟く。愛しい子はやはり先程と同じようにまた微かな寝息を立てはじめた。後ろでは夫が大きな欠伸をしたのが聞こえる。
私は長い爪を浅い取手に引っ掛けて、ゆっくりと襖を閉じた。
#光と闇の狭間で
12/2/2023, 5:16:34 PM