夜の海
波打ち際をゆっくりと裸足で歩く。時折足が海水に浸り、波が足の下から砂を持ち去って行く。
街の喧騒と明かりは遠く、僅かな街灯の光と波の音が辺りに満ちていた。
片手に持ったサンダルを揺らしつつ歩く。白いワンピースがひらりと広がる。
行く先はかろうじて明かりが届くだけの暗がりだ。特に目的も無く歩き続ける。
「そろそろ帰るか?」
後ろから声がかかる。てっきり浜辺の入り口にいるのかと思っていたら、ついて来ていたらしい。
「うーん、もうちょっと」
なんとなく答える。
「ならせめてUターンしてくれ。あっちは暗い」
危ないということだろうか。言われた通り振り返り、彼を正面から見つめた。
あちらもサンダルを片手に、Tシャツと七分丈のパンツを着ている。こちらを見て、なんだろう、笑っている。
「どうしたの?」
「いや、なんでも」
答えになってない。また笑っている。
「海に引き摺り込んでやろうか?」
「あはは、止めてくれ」
とうとう声を上げて笑い出した。
「何がそんなに面白いの?」
そう問うと少し苦笑して、やっと白状した。
「お前と、2人だけの世界に来たみたいで」
「この海が?」
「そう、2人っきり」
仄かに赤く染まった顔でそう言われるとやけにむず痒い。あまりのむず痒さに、彼の腕を掴むと真っ黒な海に2人で飛び込む。
彼の悲鳴と水飛沫の音が辺りに響いた。
8/15/2024, 11:32:03 AM