視線がいつもより低い。建物も看板も人も高くなった?いや、俺が小さいのか…?
(なぜ小さくなった?俺は何処に向かっている?)
そんなことを考えている間にも、俺の意思とは無関係に身体は動いていく。どうやら夢を見ているようだ。
見慣れた街並みを抜け、公園の中へ。遊具エリアを通り過ぎて敷地の奥まで進み、茂みを一つかき分けると突き当たる大きな木を、右から裏手に回る。
次の瞬間、目も開けられないほど光が溢れ、景色が真っ白になる。徐々に眩しすぎた光がおさまると見えてきたのは、先ほどまでの公園ではなく、現実味のない不思議な空間だった。大小、様々な大きさの水の玉が宙を漂っている。水の玉そのものが淡く発光しているので、足元が地面ではなく水面であること、なぜかその水の上をペタペタと歩けていることが分かった。
懐かしい、と不意に思った。
そう、俺は、この光景を知っている。
「約束どおり、来たか」
不意に、澄んだ声がこだまする。声の方を向くと、白の衣をまとった少女が立っていた。
「もちろん」
夢の中の俺は得意げに答えている。
「確かに、私が言ったとおりに10日間、同じ時刻、同じ道順を辿り、お前はここに来た。だから私も約束は守ろう。だが、本当にいいのか?」
「なんで?」
「前にも説明したが、人ならざる私と縁を結び、契約関係を持てば、現実の世界に影響が出る。本来なら見えぬはずのモノが見え、聞こえぬはずのモノが聞こえ、それは時としてお前を煩わせるだろう。それでもいいのか?」
「だって、そうしないとキミにはもう会えなくなる。オレは、キミに会えなくなる方が他の何よりもイヤなんだ」
「…わかった。では、これ以上は私からは何も言うまい。…契約の時だ」
少女の周りに光が集まり、彼女を完全に包む。
「汝の求めに応じ、我は汝と契約す。我が名を呼び求めさえすれば、いつ、いかなる時にも、汝の元へ現れる。忘るることなかれ、我の名は、―――」
ジリリリリリリリ
けたたましいアラーム音で目を覚ます。見慣れた天井のはずなのに、他人の家みたいな違和感があるのは、先ほどまで見ていた夢のせいに違いなかった。いや、正確には単純な夢ではなく、幼い日の記憶を辿った夢だ。
なぜ、今の今まで、あの日のことを思い出しもせず過ごせていたのか。なぜ、今、思い出せたのか。
そんな「なぜ」がどんどん湧いて出てくるが、頭を振って思考を停止させる。
(待て。ちゃんと思い出せ。あの日、確かに俺はあの少女と、彼女と契約した。彼女の名は、たしか)
『水月(すいげつ)』
口にした途端、頭に声がこだました。
「全く。あんなに可愛らしく『絶対、名前呼んだらすぐ会いに来てよね。約束だよ?』とか言っておきながら、あのあと一度も呼ばなかった奴が、急に呼び出したりするんだからな」
ガバっと起き上がると、ベッド脇には見慣れた、そして、ひどく懐かしい姿があった。
「…久しいな、少年。約束どおり、会いに来たぞ」
-一旦、終わり-
お題『約束だよ』
6/4/2025, 4:16:39 AM