Seaside cafe with cloudy sky

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【理想郷】← change order 【ススキ】

◀◀【鋭い眼差し】からの続きです◀◀

⚠⚠ BL警告、BL警告。誤讀危機囘避ノタメ、各〻自己判斷ニテ下記本文すくろーるヲ願フ。以上、警告終ハリ。 ⚠⚠




















ゲーアハルト、そして残業社員たちとしばしの別れを果たして二階の事務所を出、吹き抜け階段を降りていったアランはやがてエントランスのロビーに到った。此処ならどんな言葉で言い合っても彼らの仕事の妨げにはならないだろう ―― そんなことを考えながらアランは、さてどこで電話を掛けようかとあたりをぐるりと見渡した。間接照明のみのために一階全体は仄暗いが、道側を向いたエントランスはシルヴィガラスから射し込む街灯の明かりや走り過ぎていく車のライトが乱反射して程よい明かり採りの場となっている。加えて気まぐれに拡散する光がいびつにぼやけて見えてノスタルジックな雰囲気を誘い、その風情に魅了されるがままにアランは壁に背をもたれさせてくつろぎ、此処へ来た目的をしばし放置することにして、ささやかな光のイリュージョンにうっとりと見惚れた。

それにしても、なんとも不思議な旅になったものだと思い返す。今朝出発したときは、まさかこんなドタバタ珍道中になるとは想像もしていなかった。仕事から離れてリフレッシュするためだけのつもりだったのに、奇妙なつながりが新たな出会いを引き起こしていった。
イダ・スティール・プロダクツ ―― バルマーグループにおいてもっとも重要な、生産部門に数多く連なるうちの優良製品工場のひとつだ。その企業のことは、一年と半年程前だっただろうか、それより少し前にCMO、最高マーケティング責任者に就任した取締役が初めて企画したマーケティング会議で呼び集められた、数あるグループ製品会社のリストにその名があったのをなんとなく覚えている程度だった。それから不定期に開催されるようになった会議にイダの専務、ゲーアハルトは毎回律儀に出席し、しかも前日にはすでに本社入りして、会議準備で取締役にこき使われるアランやヘルマンの助っ人を買って出てくれたり、取締役との短い会談や他に前日入りしている関連会社の代表たちと事前ミーティングをしたりと、かなり積極的にはげむ彼とはちょっとした顔見知り程度になった。常に人当たりよく穏やかで朗らかでスマートで、嫌味や押し付けがましさといったものは微塵も感じさせないハンサムな紳士。こんな人が専務として率いている工場とはいったいどういった感じなんだろう ―― そんな素朴な疑問を抱いたことがあったが、昨日突然に思いついた旅の出会いでその疑問が解消されたのである。アランは心に残った今日の素敵な邂逅での人々へ思いを巡らせた。

イダの社員で今日最初に登場したエルンスト ―― 彼とは二年前にも会っていた。本社への異動、そして取締役やその関係者との悶着のせいで、居心地のよかった南の支社にいたときの記憶が薄れ、問われるまで彼を思い出すことは出来なかったけれども、一度記憶がよみがえってしまえばはずみがついて、他にもポツポツと思い出すことがあった。同じワークショップの参加者で、企業名も名前も覚えていないけれど、彼がある女の子とよく一緒に話していたのを思い出した。さらにあの当時の彼は今よりもさらに短い髪型で、たしかバズカットだったと思う。だから印象が違っていてすぐには思い出せなかったんだ。スポーツでもやっていたのだろうか。旅の途中にでも聞いてみよう。もちろん女の子のことも。また真っ赤になってしまうかな?
それからマルテッロ……はまだ謎の人物だし、料理上手で魅力的なクラーラも社員ではないから置いておいて、お次はギュンター。エルンストとはなんだか兄弟のような年若い叔父の一人、親族の中でのムードメーカーっぽい存在だ。チャラいイメージであるがアーティスト肌なのだろう、デザインセンスやコーディネート感覚には感服させられた。彼の作品であるイダの施設建築物の全体構成、意匠設計、構造デザイン、機能やら内装やら、すべてに良い趣味が宿っている。今此処で厭かずに眺めている、光とシルヴィガラスの戯れによる拡散効果を活かした美しい明かり採りだってそう、これらはすべてアートだ!もうイダに住みたいぐらいにアランは何もかもを気に入っていた。自分とは年も近いようで、才能ある彼ともっと話してみたいと思う。実に興味深い人物である。
そして社長、レオンハルト。堂々とした体躯、威厳のある容貌、オペラ歌手のような深みのある心地良い声。おとぎ話に出てくる古き良き善良な王様そのもの、それでいて現場での労作業も厭わない気さくさ。社長に会うため現場へと向かう時にエルンストに聞いたところ、そんなことはしょっちゅうですよと言って笑っていた。手が足りないことも理由のひとつだが、とにかく勤勉なたちで、みなと一緒に働くことがなによりも好きなんですと誇らしげに父親のことを語っていた。会ってみてアランもすぐに社長の人好きのする、人肌を思わせる優しい温かなオーラにくるまれて、この人になら心から忠誠を捧げられると思った。イダの社員を心から羨ましく思ったものだ。
それからまた専務のゲーアハルト ―― エルンストのもう一人の叔父。作業着姿が新鮮だった。地元だからか、本社で見慣れていたスーツ姿のスタイリッシュな彼とは違い、少々ラフにくだけて、根の部分である軽い毒舌家でジョーク好き ―― という奥深い人間性のある一面を覗かせてくれた。有能で上品なビジネスマン紳士とだけのイメージであったが、今やアランの中では猫かぶりのとんだ曲者として、もともと彼に対して抱いていた好感株が爆上げとなった。ジョーク万歳だ!
しかし彼も取締役を嫌っていたとは ―― 本社でそんな素振りはかけらも見せたことはなかったのに ―― まあ当たり前の処世術なのだが、意外だった。会議においての真面目な取り組みぶりや、ゲーアハルトというファーストネーム ―― 島言葉風に読めば「ジェラルド」という同じ名前ということで、取締役の覚えも目出度くなにかと一目置かれ、珍しくも敬意を払われている彼なのに。 ―― それでも嫌う気持ちはよく分かる、あの人は極端な、結果だけを評価する仕事の鬼で遊び心がなく、しかもジョークも理解できない朴念仁ときているから ―― そう思い当たったアランは一人ウンウンとうなづいて納得した。
そして事務所の社員や現場の作業員 ―― 誰もが楽しげにみなと協調して業務に勤しんでいた。忙しそうではあったが、上司や部下、他部署といった隔たりなど関係なく助けあい、じゃれあって笑いあうゆとりを持っていた。そして気心の通い合ったお互いを思い遣り、一緒につましい幸せの日々を過ごしてゆく、まるで大家族のような社員たちのいきいきとした姿がこの企業の健全な精神を物語っていた。これがイダ・スティール・プロダクツ ―― アランが初めて知った小さな理想郷のような企業 ―― いや、世界だった。

いいなあ、大家族……僕のあこがれてやまないものだ ――
懐かしみのある光のいたづらを眼にしながら、今日あった愉快な出来事の印象を心の中のモノローグで振り返り、常に胸に抱えているひそかな望みをポツリと吐露して締めくくった。

ピッ。
そのとき、小さな電子音が聞こえてどこかの扉が開く音がし、どこか別の階段を誰かが事務所へ上がっていく物音がしてアランは現実に立ち返った。ここの他にも何箇所か入り口があるんだな……もしかしてエルンストだったのかな?と、見えるわけもないのに思わず二階を仰ぎ見る。さっきまでいた事務所のある場所。現場とはまた違った和やかで陽気な事務員たち。取締役からの電話で彼らとはそんなに長くは過ごせなかったけれど、とても楽しいひとときだった。さっさと電話を終わらせて僕も早く彼らのいる二階の事務所に帰ろう ―― 何気なくそう思いついた言葉だったが、次の瞬間、誰かに突き飛ばされて海の中へしたたかにダイブしてしまったような、大いなる衝撃がアランの全身を内から襲った。はたと目を見開き、さっき思いついた言葉を少々変えて、うわごとのように反芻する。

―― 帰る……イダの……事務所へ。
イダ……僕の、帰る……場所 ―― !!

それは天啓だった。

―― 帰る場所、運命の職場 ―― イダ・スティール・プロダクツ!
そうだ、素敵な旅が導いてくれたんだ!この約束の企業の地へ ―― ブラボー!!

奇しくも悟りの境地に至り真理を会得したアランはアドレナリンが分泌したのか、得も言われぬ幸福感に包まれ感慨無量の面持ちで天を仰ぐ。そしてひとまづ心を落ち着かせるために深く息を吸い、大きく吐きだしたあとに凄みのある不敵な笑みを浮かべ、スマートフォンをポケットから取り出すやいなや迷いなく取締役の番号へ折り返し発信した。接続音のあと呼び出し音をワンコール鳴らし、次のコールの途中で思い切りよく切断してやる。この人を食ったふざけた電話で、大人げない取締役はきっと感情的になってまたすぐに自分から掛けてくるだろう。それからはトコトン怒らせて、うまいこと解雇にまで持ち込ませれば占めたものだとアランはほくそ笑む。失敗したってなんのことはない、こちらからバルマーへ平和的に契約解除の意向を言い渡せば済む話だし、どちらにしたところでもう僕の腹は決まった。バルマーを去ってイダへこの身を捧げる ―― それはもう、揺るがない決意だった。

その前に最後の御奉公と洒落込んでから別れを飾るとしよう ―― 親愛なるウォルター取締役、あなたからのお電話、心からお待ち申し上げています ―― クスクスと笑いながら手に持ったスマートフォンの角にご機嫌な調子で軽くキスしたアランは、事務所を出たときとは真逆のウキウキした気分で画面の着信告知を鼻歌まじりに待った。

▶▶またどこかのお題へ続く予定です▶▶


11/10/2024, 11:14:03 AM