納豆

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君は誰にだって笑顔を振りまいている。
いつだって他人への優しさを忘れない。
そんな君が僕には理解できない。
なんのために人に優しくするの?
そう聞くと君は少し不思議そうな顔をした。
『善意ってさ、巡り巡って自分に返って来るものじゃない?
だからこれは、いつか自分を助けて貰うための先行投資なんだよ。』
君は当たり前のようにスラスラと述べる。
僕にはそれが不思議で、好奇心を唆られて仕方が無かった。
善意が返って来るなんて、考える余地も無く
限りなく有り得ないに近い幻想だ。
だって、人間は自己中心的な生き物だ。
善意を向けても、嬉しいありがとうで終わり。
返そうなんて思考に至る人間は少ないだろう。
この世界は君が言うような素敵な作りにはなっていない。
世界はもっと残酷で、優しく無いクソみたいなものなんだ。
予言しよう、君はいつか利用されるだろう。

 今日は君は体育の授業で体調不良を起こした生徒を保健委員でも無いのに保健室まで送っていた。
体調不良の生徒を保健室に送りたいなら保健委員にでも入れば良いのに。
そう言うと君は、もう学級委員に入っているからと
それはそれは素敵な笑顔を向けてきた。
どうしてか僕は言いようのない苛立ちに襲われた。
自分がそんなステキな行いをしている間何と言われているかも知らないで。
君が生徒を保健室に送っている間、体育館では
『でたよ偽善者』
『保健委員の仕事奪うな』
『点数稼ぎお疲れー』
……と散々な言われ様だ。
まぁそうであろう、人は今起きてる現状しか見れない。
関わりの薄い人間の像は目に見える現状の積み重ねだ。
善い行いをしているだけの人間の不可解さが、理不尽な歪んだ解釈になるのも無理はない。
僕も、保健委員の仕事を奪っている暇があるのなら己の学級委員の仕事に専念するべきだとは思う。
しかし何も知らない輩が陰でコソコソと、少なくとも善行を行っている人間を悪く言う姿は滑稽そのものだが。

また別の日君は教科書を忘れた生徒に自分の教科書を貸してやり、自分が教科書を忘れたと名乗り出ていた。
教師にまたかと説教を受けても、笑顔で席に着いていた。
これを君は
『だって忘れ物は成績に影響しちゃうんだよ?
あの子進学希望だーって言ってたからさー』
とまた笑った。
全く意味のわからない奴だ。
僕の常識が尽く覆される。
普通、忘れ物は自己責任だ。
それで進学に影響してしまったなら、自業自得だ。
黙って結果を受け入れるべきなんだ。
どうして君はそんなにお節介焼きなんだ。

今度はクラスで大切にされていた
卒業生からの贈り物の花瓶が、割れてしまう事件が起きた。
先生は大きく怒鳴り散らす。
『犯人が名乗り出るまで今日は帰れないからな』
そう言われたって名乗り出る奴はいないだろう。
しばらく静寂が続く、誰も何も言わない。
発見されたのは本日の授業が全て終わった、帰りのホームルームのときだった。
静かな教室の中で、ポツポツと少しずつ
『あんたがやったんじゃないの?』
『お前の方こそ忘れ物取りに行くとか言ってたじゃねーか、そんときに割ったんじゃねーの?』
皆早く帰りたくてイライラしているんだ。
ちらほらと犯人探しが始まる。
その声を一瞬で黙らせるような怒号がまたも響く
『さっさと名乗り出なさい!自分のやったこともわからないのか!』
担任だ、教室は一気に静まり返る。
『はい!』
教室の端の方で、一人の声が静かな教室に響く
『ごめんなさい、花瓶割ったの私です。』
声を震わせながら名乗り出たのは、君だった。
やっぱり君は名乗り出ると思っていた。
本当におかしな奴だ、花瓶を割ったのは僕だというのに。
教師は浅くため息をつき言った。
『じゃあ、君はあとで職員室に来なさい。他はもう帰っていい。』
君は言った。
善意は巡り巡って自分に返ってくる。
そんなのはやっぱり嘘だ。
僕が花瓶を割ったとき、君が保健室に連れて行った生徒も、教科書を貸してやった生徒も見ていたんだから。
やっぱり、世界は優しくなんか無かった。
君の言動を見て揺れていた僕の世界が、もう一度確定された。
最後教室を出ていくとき、目が合った君はやっぱり笑顔だった。

3/3/2026, 12:55:24 PM