キオ

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お題 愛を注いで

「これだけ愛を注いでやったのに」

枯れたアジアンタムを見つめ、安達は苛立たしく息を零す。決して少なくない量の水を、愛の変わりに注いでいけば、つやつやの葉が元気なく瞬く間に萎れていった。それに潔く舌打ちをひとつこぼし、イライラと苛立ち任せに頭を掻きむしる。ラベルにはひと言、愛を注いで、尽くしてあげてください。その無色、真っ白の張り紙を破いてクシャリと手中で屑にする。
なんの役にも立たない植物は、愛を注いだとたんに、部屋の彩りを損なう害あるものとなった。

「愛はね、注げばいいってわけじゃないのよ。
愛にもね、ちょうどいい適量があるの。
あなたの愛は私には余る。
清澄さんにとってのちょうどいいが私には負担になる。これじゃあ夫婦として失格ね。」

そう温度の灯った声で再生されたのは、数年前に亡くした妻の言葉だった。夫婦失格とは二人のことを指しているのであって、自分自身さえも貶める言葉だ。けれどそのときの妻は柔らかな笑みをたたえ、いっそ誇らしげにさえ見えた。そんなことを言っておいて、なぜそんな顔をするのか、それが不思議で堪らない。安達は愛をあたうかぎり、誰かがそれ以上のもので感謝を返してくれるものだと、未だ信じて疑っていない。けれどそれを愚かだと誰も彼にあたうことをしないのは、彼がもう歳の経った老人だからにすぎない。

12/13/2024, 6:16:52 PM