和正

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【鏡】

 シズクは鏡を見た。

 そこには見慣れた顔がある。その無駄な造形美のせいで生きにくさを感じてることはもうどうでもいいし、考えないようにしている。
 それでも穴が開くまで鏡を見つめているのは、子供のころ読んだ鏡の中に広がる世界のファンタジーを描いた本のことを思い出していたからだ。
 現実では虐げられていても、自分のカラを破れなくても、どんな姿をしていても、ひとたび鏡を潜り抜けて違う世界へ行けば、己を苦しめる暗黙の了解というしがらみも、偏見もカーストも何もない。自由でありのままの自分で冒険ができる。
 シズクの現実の世界を、苦しいとか、大変だとか、ましてや無理ゲーなどと表現する者はいないだろう。でもそれは他人の主観だ。他の人達が楽をしているとは思わないが、自分が苦労していないとも思わない。

 シズクは鏡をそっと押してみた。物語とは違って、それは無表情で冷たく、硬くシズクの手を押し戻した。

 ふと気づくと、その鏡の中に、知らない女生徒が写っていた。シズクは少し目を泳がせたが、精いっぱい素知らぬ顔をして、もう一度手を洗い、ポケットからハンカチを取り出して手を拭いた。
 その間もずっと女生徒はシズクの後ろに立っていた。

 「どうかした?」
 意を決して、シズクが尋ねる。
 女生徒はうろたえたような顔をして、
 「いえ、なんでもありません。」
 女生徒は一つ下の学年の色のジャージを着ていた。
 腰まで届きそうなロングヘアが少し不自然に光ったような気がした。よく見ると、女生徒といっても、少し筋張った腕が気になる。
 (いや、あんまり見るのも悪いな)
 シズクはそのまま振り切るように女子トイレを出た。

 シズクのいなくなったトイレで、今度はレイが鏡を見つめていた。
 (ヨシカワ先輩・・・だよな。)
 一つ下のレイの学年にも、彼女の名は知れ渡っている。才色兼備、文武両道、完璧超人と言われる人だ。
 (先輩が、Kanzaki・・・?そんなまさかな・・・。)
 レイは、SNSでたくさんの絵師たちをフォローしている。色彩やコンセプトなど、服のデザインに繋がるところがあるからだ。
(でも、あのキーホルダーは・・・。)
 シズクの制服のポケットから出ていたキーホルダーに、見覚えがあった。
 たしか、Kanzakiの投稿で見かけたような・・・。
 Kanzakiとは、イラストや、短いアニメーションを投稿しているユーザーだ。その、やけに純粋で卑屈な世界観が癖になる。
 (まさかな・・・。)

 そう思いながらレイは鏡を見る。そして思い出す、鏡越しに見たシズクの顔。
 
 (なんか、別人に見えたな・・・。)
 

8/18/2023, 3:53:59 PM