一度だけ、真夜中の海に行ったことがある。
暑い夏の夜で、潮風がじっとりとした湿気を含んでいた。裸足になって波打ち際を歩く。少し泥の腐ったような匂いがする、蒸し暑い空気の中で、波に濡れた場所だけが柔らかく涼しかった。
暗い波が揺れる間に、ぼんやりと光るものが沈んでいた。
一昔前の携帯電話の着信ランプ。透明のジップロックに入れられて、波に濡れることもなく、チカチカと明滅を繰り返している。
ジップロックをつまむようにして、水からそれを引き上げる。
間違って携帯電話に指が触れないように、ジップロックを開封し、そのまま逆さにすると、ぽちゃりという可愛らしい音と共に、携帯電話は今度こそ正しく溺れた。
何秒だったか覚えていないが、多分十秒か、あるいは一秒程度だったのかもしれないが、携帯電話は波の中でほんの少しだけ光り、そして音もなく真っ暗になった。
それで、今度こそ全て済んだようだった。
8/15/2024, 2:57:45 PM