テーマ:冬休み #46
※この物語は#20からの続編です
サカキさんに着いていくと小さな家にたどり着く。
「中に入って」
サカキさんがドアを開け、手招きする。僕はサカキさんに言われるまま中に入る。
「いや~…。またミデルちゃんに会えるとは思えなかったよ……」
サカキさんはふぅ…と息を吐き、座布団の上に座る。
「私も、会えると思ってなかった」
「それに、素敵なボーイフレンドまで連れてきちゃって…」
サカキさんは僕の方を見て言う。僕は気まずくなって顔を背けた。
「あ、ラクラ。サカキさんは私の師匠なの」
ミデルがそう言うと
「いやいや、師匠だなんてとんでもない。隣りに住んでたジジイだよ」
サカキさんは笑った。ミデルはそんなサカキさんに頬を膨らませ
「違うもん! まぁ、師匠兼、育ての親みたいな感じだけど!」
そんな会話を聞いていると本当に仲がいいんだな、と感じる。
「ミデルちゃんは魔法の覚えが早くてねぇ…。さすが『神の子』と呼ばれていただけあるなぁとは思ったよ」「ちょっ! サカキさん!!」
「『神の子』?」
ミデルと僕の声が重なる。
「ラクラくんは、知らない? ミデルちゃんが『神の子』って呼ばれていること」
僕は首を振った。ミデルの顔は赤くなりその顔は下を向いていた。
「ミデルちゃんはね、黄緑色の瞳を持つ魔法使いの中でも特殊な種族ってことは、ラクラくんも知っているだろう?」
僕は首を大きく縦に振る。
「その中でもミデルちゃんは、魔法を操ることが誰よりも上手だった。皆、ミデルちゃんのことを『神の子』と呼んでいたんだ。幼い頃からあんなにも上級な魔法を操ることができるなんて、本当に『神の子』と呼ばれるだけある」
サカキさんはウンウンと大きく頷いていた。知らなかった。ミデルが『神の子』と呼ばれていたなんて。
「でも…。そんなミデルちゃんを、よく見ないやつもいた。皮肉に思う。自分がミデルちゃんよりもできないからってなぁ…。全く、自己中心的な考えをするのにも程度ってもんがあるだろう…」
ミデルは俯いていた。何を思っているのか全く読めなかったが、あまり良くないことを考えている気がした。
「ただな、ミデルちゃんはやっぱり強いぞ。何を言われても平気な顔をして、人の倍働いて…。頑張ったよなぁ…」
サカキさんはしわしわな目をクシャッとして言った。
「こんな世の中じゃ無けりゃ…もっと、ミデルちゃんのことを高く評価してくれた人は大勢いるだろうに…」
サカキさんはそう言って目をつぶった。
「今日はここに泊まっていくといいさ」
僕たちはサカキさんにここに来た経緯を簡単に説明すると快くそう言ってくれた。もちろん、僕の正体は隠したままだ。僕が風呂から上がると、ミデルはもう寝ていた。
僕がリビングの真ん中にある囲炉裏の前に座っていると
「なんだ、眠れねぇのか?」
そう言ってサカキさんが向かいに腰を下ろした。
パチパチと音を立てて火花を散らす囲炉裏をはさみ、サカキさんと2人きり。なにか話題を…と思いながら囲炉裏を見つめる。
「ミデルは」
話を切り出したのはサカキさんだった。さっきのようにミデルのことを『ミデルちゃん』と呼ばなかったのでドキッとした。
「ミデルは、元気にやっているのか」
サカキさんの視線はさっきの僕と同じように囲炉裏を見つめていた。
「はい」
僕は短く返事をした。なにか話題を広げるべきだっただろうか…と考えていると
「そうか、それなら。良かった」
サカキさんは、言った。目を伏せるとポツリ、ポツリと話し始めた。
「ミデルの親は、温厚な夫婦だったんだ。…ミデルが生まれる前までは。
でも、ミデルが生まれてから変わっちまった。『私達の子じゃない』と手を上げたり。酒を飲み癇癪を起こしたり。狂っちまった。彼女の黄緑色の瞳のせいと言っちまったら、そうなるんだが…。生まれ持ったものを変えられるわけでもない。
親だけじゃなく、同級生や学校の生徒たちからも嫌われていたらしい。まだ、外で一緒に魔法の使えない人と生活していたときは、更にきつかっただろう。魔法使いの間ではもちろん。魔法使いを嫌う人たちの間でなんてしょっちゅう標的にされてしまったりしただろうよ」
ミデルが『この王国が変わってしまったのは、魔法使いだけのせいじゃない』みたいなことを言っていたことを思い出した。
魔法使いが普通の人間を嫌ったのではなく、普通の人間たちが魔法使いを嫌った。だから、この王国は変わってしまった。それが、ミデルが、言いたかったことなんじゃないか。そう感じた。
「ミデルはこの地下牢に来たときも笑顔を絶やさなかった。でも俺の感じたその時のミデルの感情は…『何をやっても楽しくない』だった。
表面上は楽しそうに笑う少女。でも内面は違う。そんなこと気づかない人はいない気がした。でも魔法使いたちは自分たちの生活が辛くて辛くて、その内面の顔に気付かないふりをしていた。俺もその中の1人って言ったらそうなんだけどな」
サカキさんは、深くため息をついた。そのため息は静かになった部屋の中に響き渡る。そして
ーーパチンッ
火種が弾ける音がした。
「そんなミデルの親が死んだとき、ミデルは引き取り手がいなくなった。まだミデルが、17…いや16のときか?」
今の僕くらいのときにミデルの親は死んだ。そう思うと自分は悲しみに耐えられないんじゃないかと思えてくる。
「その時、俺がミデルを引き取ったんだ。というか…頼まれてな。ミデルに」
ミデルの寝ている寝室の方に目線を向けるサカキさん。
「労働ばかりの毎日。弱音も吐けなかっただろうな…」
サカキさんの目に光るものが見えた。
「ミデルがここを出て外に行きたいと言っても、俺には止めることはできなかった。それどころか、外に行って辛い思いをしないのならそれでもいいと思ってしまった。ここにいても労働ばかり。若いミデルは、もっと色んな場所へ行って、いろんなものを見るべきなんだ。俺が若い頃、自由にさせてもらったように、な」
ふうっと一息つくサカキさんを見た。
「ミデルにそんな過去があったなんて知りませんでした。でも…。どうしてそれを僕に言おうと? 僕たちはさっき会った、赤の他人ですよ」
ちょっと言い方が冷たかったかもしれない。でも言いたいことはどう言っても同じだ。
「そりゃあ…」
サカキさんはすぐに言った。
「ラクラくんと一緒にいたミデルが、幸せそうだったから。楽しそうだったから。そんな君のことを信頼しているから、かな」
優しい笑顔を浮かべるサカキさん。どこまでもミデルのことを考えている気がした。
「もうすぐで地下牢にも冬休みが来る。そうは言っても年末年始だけだけどな」
急に話題を変えたサカキさん。
「俺も早く外の世界へ行きたいなぁ」
そう言って、囲炉裏をまた見つめた。
ーーパチンッ
また、火種が弾けた。
12/28/2022, 2:15:54 PM