【ことばはいらない、ただ・・・】
シュンとは、そういう関係になった。まぁ、男同士つるんで、そんなにお喋りするもんでもない。
レイは心の中で呟いた。そうは言っても、今日のレイはどう見ても女の子だ。太ももに大きくダメージの入った太いジーンズに、へそがのぞくキャミソール、その上からゆったりしたかぎ針編みのニットを着ている。骨格診断のことはよく分からないが、女性のナチュラルタイプとかが着てそうな服はまだいける。もちろんムダ毛は全部処理しているし、そこらへんの女の人よりボディケアには余念がない。
「俺が急に行っても、驚かれないか?」
珍しく、シュンが緊張しているようだ。
モデルになってくれるようお願いしてから、その話とは関係なく、何度か会って分かったことがある。シュンは見た目こそ不良みたいな風貌をしているが、実際にはちょっと天然が入っている。
初めてバイトの応募の電話を掛けた時には、居酒屋にかけて「未成年はトラブル防止のため」と断られたらしい。しかもそれであきらめずさらに2件別の居酒屋に掛けて同じ理由で断られている。4件目にしてやっと、21時までという条件で面接を受け、採用され、今はそこで働いている。
「なんで居酒屋にこだわるの?高校生なら、ファーストフードとかコンビニとか、他にもあるでしょ。」
といつものカフェの店長に聞かれて、
「いや、なんか俺、居酒屋にいそうでしょ」
とシュンは言い放った。
睨んだだけで泣く子も黙るような見た目なのに、どこかズレている。それが、レイの受けた印象だった。大方、その見た目のせいで損してきてるんだろう。
「うちの家族、あんまり家にいないから」
レイは答えた。半分は嘘だ。母親はいつも家にいるし、部屋に引きこもってる妹もいつも家にいる。家にいないのは父親だけだが、妹は部屋から出てこないのだから、いないようなもんだろう。
「そっか・・・」
シュンはしきりに手汗をズボンで拭いている。
(あんまり友達の家に行ったことないんだろうな。)
「ま、入って。」
レイは玄関を開けてシュンを招き入れた。
まさか、そんなすぐに、あんなことが起こるなんて思ってなかった。
いったいどういう巡りあわせだろう。
ガシャン
玄関から入り、そのまま一緒に階段を昇ろうとしているシュンの姿を見て、母が片付けようとして手に持っていた食器を床に落とした音だった。
その音にシュンが振り向き、母と対峙した。
「お母さん・・・?」
「シュン・・・?」
その後に待っていたのは、地獄だ。結局シュンは「悪い。今日は帰る。」と言って出て行った。母はうろたえて泣くばかりだ。
母に前の夫がいることや、その人との間に子供がいることも、聞いていた。だから、その場ですぐに、状況は察した。
ことばはいらない、ただ・・・
(弁明はいるだろう、よ)
レイは昇りかけた階段の途中から、ただひたすらうなだれる母を見下ろすしかなかった。
8/29/2023, 4:14:58 PM