August.

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「別れ際」

別れ際に置いていった、あの手紙。
私宛ての手紙。
許せない。死ぬ時は一緒に、と約束したのに。
アメリカの生活に慣れた頃、友人から誘われたパーティーと出会った彼女。
いかにも、アメリカンギャルな顔立ちとは裏腹に、彼女はアルコールに溺れていた。
フェンタニエルや大麻、コカインなど日本と違って簡単に手に入るアメリカ。
そう考えると、アルコールの方がマシだと彼女は言っていた。まるで、アルコール依存症の自分を肯定する言い訳のように言っていた。
依存症は、一度ハマれば一生、自分との闘いが始まる。寛解なんてもんはない。死ぬまでアルコールの誘惑につきまとわれる。


彼女は大学では真面目なギャルとしてのペルソナがあり、私と一緒に暮らす家に戻れば途端に、アルコール依存症患者へと変貌する。
それでも、何度も何度も彼女は変わろうとした。
「サヨ!サケ、ゼンブステテ」
カタコトな日本語でサケを全て捨てるように言った。何で自分でしないのかと聞くと、捨てる時に飲んでしまうからと言い、私は彼女の要望通りにアルコールが含まれるチョコまでも捨てた。きっと彼女のことだから、禁断症状が出て、アルコール入りのチョコを食べてしまうだろうと考えたからだ。たとえ微量のアルコールでも、チョコをつくる過程でアルコールが飛んでいても、全て捨てた。しかし、彼女は夜になるとスーパーでビールやワイン、ウイスキーなどを大量に買ってきてしまう。
私はアルコールを断てない彼女を何度も抱きしめた。
「ゴメンネ、ツギ、シナイ、ノマナイ」
泣きながら謝る彼女を見る度、ずきんと心が痛む。
自分にできることはない、無力だと現実を突きつけられる気がするのだ。現に、私は彼女のカウンセラーでも精神科医でもない。ただの恋人だ。普段はお互い、彼女は大学で勉強に励み、私は会社で働いていた。彼女が言うには大学に居る時と、私と居る時は、なんとか耐えられると言っていた。
ただ、ふとした瞬間に襲う全て投げ出してやりたい、全てどうでもいいと自暴自棄になる時に、今までの断酒記録を破りたくなるそうだ。
彼女は真面目でよく人のことを見ている。自分が楽しんでいるかより、人が楽しめているかと常に考えている。誰かが浮かない顔をしていたら声を掛けるし、人の小さな変化にもよく気がつく。
誰よりも真面目で、優しくて、そして繊細な性格。
それが仇となったのかもしれない。彼女が唯一、素の自分でいられる手段として大量の酒を選び、酔いを楽しみ、気絶するように眠る。

依存症は厄介だ。
そう本で読んだことがあるが、厄介という言葉が軽く聞こえてしまうほど、厄介だった。


彼女がいない部屋に、ぽつんと置かれた手紙。
丁寧とは言い難い日本語で綴られた彼女の半生。
知らなかった。こんなにも彼女は多くの事を抱えて、でも、私の前ではどこにでもいる可愛らしい少女の笑顔を見せていた。
知られたら、私が離れていくと思っていたそうだ。
そんなわけない。私達はそんな程度の愛で結ばれていない。
ただ、そう思っていたのは私だけだった。


めいわくをかけてごめん。
しあわせになってね。
あいしてる。


手紙の最後には、そう書かれてあった。
私はふらふらしながら冷蔵庫へ向かった。
飲みきれなかった彼女の最後の晩酌があった。
どれも見覚えのあるメーカーのロゴが缶に貼り付いていた。


あと数時間後にはこの家を燃やそうと思う。
良いだろう、最後くらい好きにしても。私が買った家だ。
私はこの家と彼女との思い出の別れ際、大量の酒を飲み干した。
千鳥足のまま、事前買ったガソリンを部屋中に撒き散らし、ライターを床に触れさせた。
あっという間に火が燃え広がり、その様子を彼女がよく飲んでいたワインをボトルごと飲みながら見ていた。


遠くからサイレンが聞こえる。
私は私との別れ際、最後の一滴の赤ワインを飲み干した。

9/28/2024, 10:26:20 AM