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貴方は太陽のような人だった。いつも暖かな光で私を照らしてくれる、そんな存在。いつまでも私のそばにいて、その光で私を照らしていて欲しい。そう願っていた。
永遠を願うことは罪なのだろうか。私が貴方を心から愛することも罪だと言うのだろうか。
ある日突然、彼が別れを切り出してきた。何故と問いただしても、彼はただ呆けたように
「嗚呼、私が全て悪いのです。」
そう言って彼は、痩せこけた頬を歪ませるだけであった。しかしよくよく見ると、それは笑みであった。彼の頬があんまりにも痩けているので最初の内は気の付かないでいたが、次第に笑っているのだとわかった。
私はかっと頬が熱くなるのを感じた。それは羞恥のためではなく、怒りからであった。顔全体が熱くなって、頭から湯気がたつと思われるほど怒りがわいてきた。しまいにはぶるぶると身体中が震えてきて、思わずうつ向いた。身の内に煮え立つほどの怒りはあれど、茹で蛸のような顔を彼に見られるのは、何とはなしに恥ずかしかった。
すると彼の方では私がなにも言わずにうつ向いたのを、深い悲しみのためとでも思ったのか
「君も辛いだろうけど、これは仕方のないことなんだよ」
その言葉に私は呆然として、思わず顔を上げた。そこには今まで太陽のように私を照らしてくれていた彼はいなかった。変わりに、うらぶれた男がいるだけだった。
嗚呼、彼はこんなにも痩せっぽっちだったのか。
嗚呼、彼はこんなにも軽薄そうな笑みを浮かべる男だったのか。そう思うと途端に今までの思い出が全て色褪せて見えた。そして、彼の全てが憎らしくなった。彼の姿、仕草、声音。果ては彼の顔形さえ見るのも、吐き気のするほど嫌になった。知らずうつ向いていた視線は、彼の薄汚れた外套に止まった。そして、その傍らには薄っぺらい鞄が一つ。そこで私ははっとして彼を見た。すると彼の方でも私を見ていた。互いに身動ぎ一つせず、見つめあっていた。
知らず握りしめた手が震えている。今度は怒りのためなどではなかった。ましてや、もう彼を憎む気持ちもなかった。今はただ、彼の顔を姿をこの目に焼き付けていたかった。
どれくらいそうしていただろう。
気が付けば、私の目からは涙が溢れていた。止めどなく溢れる涙が畳に染みを作る。その内私は、たまらなくなって蹲った。そうして、おいおいと泣いた。
「これが別れと言うのなら、あんまりじゃないか」
嗚咽混じりに言って、私はまた泣いた。
彼はしばらく黙っていたが、おもむろに立ち上がって部屋を出ていった。
「愛してる、これからもずっと」
部屋を出る直前、彼のそう言う声が聞こえた気がした。
外では雨がざあざあ降っていた。彼の出ていった部屋にざあざあと音が虚しく響いている。

2/23/2023, 9:02:08 AM