甘えたい。
突然にそう思った。
隣で熱心に文庫本を読むその横顔があまりに美しかったと同時に、単純にそれを見つめることに飽きてしまったのもある。
ともかく私は、憎たらしいくらい整った横顔と憎たらしい文庫本の前に躊躇いなく頭を突っ込んだ。
「わっ」
慌てた声とともに文庫本がしゅぱりと空中に避難する。折れたりしないようにはしたつもりだけど、なかなか危なかったのかもしれない。
去来した申し訳なさは、最初に抱いた欲にすぐに覆い隠された。
文庫本がなんだ。なんたって私は今甘えたいのだ。文庫本が無くなり遠慮なく抱きついてお腹にぐりぐり顔を押し付ける。
「どうしたの、こどもみたいに」
そんな私の気持ちなど伝わるわけもなく、困惑した声で彼女はいった。
随分久しぶりに聞いた気もするし、さっきまで聞こえていたような気もする。
なんたって本を読むときの彼女の表情は下手をすると会話をしているときより雄弁になるから。
それがなんだか。寂しい気もする。
この人とわたしを隔てる11と半月の年月が、その溢れ出ることばの力を感じると、いつもより鋭く形を持つような気がするのだ。
「…………こどもだもん」
口から出たのは言うに事欠いてそんな言葉。
一拍おいて、彼女が声を出してころころと笑い始めた。間違ったかな。それでもいい。こどもだ、私は。
「そっか、そっか。子どもだったんだね。出会ったときは、あんなに小さかったけど……それでも、そうか」
ぽん。
頭に触れるぬくもり。最近手入れをサボっている髪を、往復する優しい手。
「いい子、いい子」
今だけは、そう。
こどものままで。
5/12/2026, 3:06:01 PM