よわむし

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“海へ”

※短編小説
※ちょっと黒い話


『パパ、またつれてってね!』
「あぁ、いつかまた、ここに来ような。」

そう言ってやくそくしてくれた。
わたしもパパも、はじめての海だった。
ママがしんですっかり元気がなくなったわたしを、
パパがつれ出してくれた。
とても楽しかった。
パパもわらってた。



あの青い海は、今でも鮮明に覚えている。
私達以外は誰もいなくて、
ゴミひとつ落ちていない綺麗な場所だった。
「あぁ、いつ来てもここは綺麗だな…」
久しぶりに来た海は昔のままで、
キラキラと陽の光を反射している。
「…変わったのは、私達の方か」
私は骨壷を持って、浜を歩いた。
初めてここに来たのは、小学校に上がる前だったか。
それから急に一緒にいられる時間が減って。
もちろん海に行けるような時間もなかった。
次の年も行きたいと思ってたんだけどな。
また次の年…って先送りにして、
結局行かずじまいだった。
せめて小学生のうちに行きたかったのに…
「ごめんな、パパがしっかりしてないせいで…
 海、行けなかったな…」
骨壷をなでながらぽつりとつぶやく。

娘は交通事故で亡くなった。
疲れて寝ていた僕にあげるために、
ジュースを買ってこようとしていたみたいだ。
普段はあの子が勝手に出ていかないように
玄関に鍵をかけていたのだが、
疲れていたこともあり、その日は忘れていたのだ。
僕の財布を持って、あの子は出ていってしまった。
あの子が出てしばらくして、僕は起きた。
起きてすぐ、あの子がいないことを気づいた。
ダイニングテーブルの上に
『パパへ パパのすきなジュースかってくるね』
と、手紙を残していた。
急いで僕はあの子を探しに行った。
散歩で一緒に歩いた道に自販機があって、
そこに向かったのだと思う。
けどそこは車通りが多く、なのに見通しも悪い。
危ないから、一人で行かないように言っていた。
「頼む、そこにいないでくれ…」
僕は力の限り走った。
たどり着いたその場所に、娘はいた。
ジュースを買えて、ホッとしたのだろう。
急いで帰ろうとして、振り返って飛び出した。
『あ!パ_____』
あの子は、轢かれてしまった。
僕の、目の前で。
手には僕の財布と、
僕がよく飲むジュースを持っていた。

あの子は、即死だった。
まだ小学2年生だった。
ごめんな…
生きていれば、もっと楽しいことがあっただろうに。
浜を歩き、崖の上を目指す。
天国までの道、一人じゃ迷うだろ。
僕が行ってあげないと。
「大丈夫、パパもそっちへ行くから」
崖の上に立ち、下を見下ろす。
骨壷をしっかり抱え、足を踏み出す。
「今、そっちへ行くよ」

8/23/2021, 12:24:28 PM