【本気の恋】
「本気で恋をしたのは、
あなただけでした。」
街中のやたら大きな広告を見て、マコトはふと立ち止まった。
前職の先輩、マユミがかっこいいと騒いでいた俳優が主演だったからだ。
(本気の恋かぁ・・・。)
こういう映画を見るのは女子高校生や大学生だろう、と思いつつも、その目を引く広告を見るとついいろいろと考えてしまう。
実を言うと、中学生くらいのころから彼女が途切れたことはない。どちらかというと可愛いルックスに、姉妹に鍛えられた上手な女性の扱いで、割とモテた方だと思う。「好きだ」と言われれば、それを無下に断るのも悪い気がして、よっぽどのことがない限りOKしていた。あとはなんとなく別れたり、付き合ったりの繰り返しだ。
その中で、たった一人だけ、本気で恋をした相手がいる。
(相手が悪かったなぁ。)
多分、この先結婚してもいいと思えるような女性が現れても、彼女のことは忘れられないだろう。
でもなんで、彼女だけに本気になってしまったのかが分からない。
(既婚者だったから?)
もしそうなら、俺はとんでもないクズだな。
実際には、付き合いだしたとき、彼女は婚約者がいる事を黙ってたから、知らなかった。でもその後ズルズル流されたのは俺だ。いつの間にか他人のものになってしまった彼女に、ただ夫がいない間寂しいから、というだけの理由で何度も呼び出された。それを拒否できなかった。
一つ挙げるとするなら、「手に入りそう」という感覚がすごく怖い、というのはある。「手に入りそう」な女性は敬遠するが、「手に入らなさそう」な女性には素直に心を揺らしてしまうのは否めない、ということに気づき始めた。
(手に入りそう、とか言ってる時点でもう、傲慢だよな・・・。)
最近ちょっと分かったのは、女性に振り回されてるとなぜか安心する、ということだ。
(哀れな犬かよ・・・。)
虚しい気持ちになる。心臓をすりおろされるような気分だ。痛い。けど、どこか心地いい。
(今もあんまり変わってないのかな・・・?)
「タケヨシくん!」
マユミの声がして、振り返る。
マコトは一瞬固まってしまった。マユミの雰囲気が、いつもと違う。
普段アップにしていることが多い長い髪を、おろしている。ほとんどの男は、そんな違いだけでドキマギするものだ。
「ごめんね。遅れちゃって。」
少し首を斜めにかしげる仕草も、会社では見たことがない。
(なんか雰囲気が違う・・・。)
姉妹はいるものの、女性のメイクにそこまで詳しいわけではない。
(リップの色・・・?え、なんだろ。)
なにが違うのかはっきり分からなくて、急に緊張してくる。
「どうしたの?タケヨシくん?」
こんな風に覗き込まれるのも、はじめてだ。
「いや、なんか、雰囲気違うなと思って。」
「え、そう?変かな?」
上目遣いの先輩も見たことがない。
「いや、、、」
何が違うのか分からないのに、なんと褒めたらいいのか分からない。
「変じゃないですよ」
中途半端な誉め言葉しか口から出てこない。素っ気なく言って、マコトはそっぽ向いた。
「この映画ですよね。もう結構並んでますよ。早く行きましょ。」
そう言って、マコトは思わずマユミの手を引いていた。
「あ、入る前にコーヒー買いたいんだけど、いい?」
マユミが言う。
「え?ああ、まぁ、ギリ、大丈夫ですかね。」
マコトは腕時計を見ながら答えた。
「時間?気にしすぎだって。らしくないじゃん。」
マユミが笑う。
どんなピンチが来ても、余裕がある笑顔でこなしてた、会社勤めの日々を思い出す。
「後から入るの、嫌なんですよ。」
思わずムッとしてしまう。
子どもっぽすぎたかな、と思ってマユミを見ると、なんだか機嫌良さそうに笑っている。
「なんか今日のタケヨシくん、かわいいね」
顔が赤くなるのが分かる。今からこんな映画を見るなんて憂鬱だ。
タイトルは、「本気の恋」
9/12/2023, 2:19:21 PM