月園キサ

Open App

#大人しい2人がまったり恋してみる話 (BL)

Side:Tenri Fukaya



小説家として恋物語を綴ってきて早数十年。
30歳になったこの年に、僕は初めての恋を知った。

期待の新星…だなんてもてはやされながらデビューした高校生の頃の僕が恋にうつつを抜かしている今の僕を見たら、きっと卒倒することだろう。


「…そうか、今日は野藤さんが来ない日か…」


最近利用を始めた家事代行サービスで週3日契約で僕の家に来てくれている、野藤玲於さん。
僕より9歳年下の21歳で、見た目はちょっと威圧感があるけどとても親切な家政夫さんだ。

だがしかし今日は土曜日。
契約をしているのは月水金の3日間なので、せっかくの休日でも土日は2日連続でこの家に僕ひとりだけの状態になる、というわけだ。


「…はぁ…」


パソコンとにらめっこしているうちに猫背になった姿勢を正して、僕はベランダに干した洗濯物を取り込みに行った。

この広い家に僕ひとりだけで暮らし始めて随分経つのに、野藤さんが来てくれるようになってから自分1人だけの時間が味気なくて、少し…寂しい。


「…いったいどうしちゃったんだ、僕は…」


もし9歳年上の依頼主から想われているなんて知ったら、野藤さんはきっと僕を気持ち悪いと思うはずだ。
…この歳になっても恋愛経験値が低すぎて、恋を自覚した後でも怖気付いてしまう。

そうだ。こんな時こそ、気分転換をしよう。
この憂鬱な気分のままでは、いい小説は書けない。


「さて…どこへ出かけようか」




──────────────




数分脳内会議した結果、電車で少し揺られていった先にあるショッピングモールに遊びに行くことにした。

よくあるシナリオなら、この電車の中か電車を降りた先でばったり想い人に会う…なんてことがありそうだが、現実でそんなラッキーなイベントが簡単に起こるわけがない。


「…あっ…」

「おいオッサン、どこ見てんだよ」

「…すみません…」

「あ??聞こえねぇんだよ」


…その代わり、電車を降りようとした時に運悪くヤバそうな人にぶつかってしまい、自分史上最悪のアンラッキーなイベントが発生した。

僕は慌てて鞄の中からスマホを取りだして筆談しようとしたのだが、警察に通報するのだと勘違いされてそれを奪われてしまった。


「かえ…て…さい…!」


無理やり大声を出そうとしたことによる喉の激しい痛みに耐えながら、僕は必死にスマホを返してくれるよう訴えかけた。
そんな僕を嘲笑う男と、そんな僕ら2人を面白おかしそうに見ながら通り過ぎていく人々。

…ああ…最悪だ…。


「…ぐっ!?だ、誰だお前!!」

「…いい歳した大人が見知らぬ人のスマホを奪って、何してるんですか」

「てめぇ、何すん…いだだだだだっ!こいつ…力つえぇ…!!」


僕が力なく項垂れたその時、ものすごく聞き覚えのある声が僕の頭上から降ってきた。
その声とその気配で、僕の心臓の鼓動が急に速くなるのを感じる。

おそるおそる顔を上げると、僕のスマホを奪った男の手首を野藤さんが後ろからがっちりと掴んでいた。

…この四面楚歌な状況で、遅れてやってきたヒーローの登場だ。


「…こんなに人目のつく場で喧嘩をふっかけるつもりですか?」

「いだだだあああっ!分かった!分かったよ!スマホは返すから手ぇ離してくれええ…!!」

「…え、野藤さん…?」


僕に絡んできたヤバそうな人は野藤さんの力の強さと190cm級の長身の迫力にすっかり気圧されて、僕にスマホを返すとすぐに人混みの中へ逃げていった。

へなへなと座り込みそうな僕を、野藤さんの逞しい手がしっかりと支えてくれた。


「大丈夫ですか、深屋さん…怪我はないですか?」

"いえ…大丈夫です、助けていただいてありがとうございます"

「…はぁ。俺がもっと早くに深屋さんが同じ電車に乗っていたことに気づけていたら、もっと早く助けられたんですが…」

"あの人にぶつかってしまった僕が悪いんです、野藤さんは悪くないです"


重いため息をつく野藤さんを見て、僕はぶんぶんと首を横に振った。
こんな貧弱な三十路男をあんなにスマートに助けてくれただけで、野藤さんは僕にとってスーパーヒーローだから。


「ところで…今日はこれからお出かけですか?」

"あ、はい…滅多に家の外に出ないので、たまにはショッピングモールに遊びに行こうかなと"


…土日は野藤さんに会えないのが寂しくて気分転換しに来たなんて、言えない…!

だから僕は少しだけ、ほんの少しだけ嘘をついた。


「…ついて行っても、いいですか」

「…!?」


…え?今…なんて?

ダメだ…ここで勘違いしてはダメだ。
ここで勘違いをしていいのは…ハッピーエンドが約束されている恋物語の中でだけだ。

でも…。


"三十路男の暇つぶし程度のお出かけですけど、それでも良ければ…"

「ありがとうございます。それじゃあ…行きましょうか」


歩くスピードなんて僕よりずっと速いのに、僕の歩幅に合わせてゆっくりと歩いてくれる野藤さん…好きだ…っ!

…ダメだ、中学生レベルのトキメキでももうおなかいっぱいに…。


結局…野藤さんと2人でショッピングモールを巡っている間、僕は年甲斐もなくときめいてしまう自分自身を必死に抑えつけ続けていた。




【お題:恋物語】


◾︎今回のおはなしに出てきた人◾︎
・野藤 玲於 (のとう れお) 攻め 21歳 家政夫
・深屋 天璃 (ふかや てんり) 受け 30歳 恋愛小説家(PN:天宮シン)

5/18/2024, 1:10:26 PM