【心の灯火】
ふとした時に、心が暖かくなる
すごく辛い時に、希望の光になる
そんな心の灯火を灯して
あなたは消えたの 夕闇に
水彩タッチのイラストを描きながら、シズクはあの夜のことを思い出していた。
我ながら、単純だと思う。あの日からあの人の事を考えてしまう。
(私、恋愛体質なのかな…)
シズクは頬を赤らめた。
よく、女性は耳で恋をすると言われる。
あの日、降りしきる雨音の中、少し高い位置から聞こえる、落ち着いた低い声。耳に飛びついてくるでもなく、かといって逃げようとするわけでもなく、するりと入ってくる、優しい声。急かすわけでも焦らすわけでもない、ちょうどいいテンポの会話。
(なんか良かったなー…)
雨と薄暗がりの中に灯った小さな火。シズクは自分の描いたイラストを見つめた。
(随分と抽象的ね。)
ブーッ
机の端に置いたスマホが鳴り、画面をのぞき込んだ。"あの人"からだ。
しばらく考え込んで、結局シズクはメッセージを開かなかった。イラストを描き続ける。
紫陽花のような薄い青紫を重ねていく。水彩色鉛筆で重ねた深い色に今度はそっと水滴を落としていく。じんわりと溶けた色は紙に広がり、染み込んでいく。
(もう一度あの人に会えたら、"あの人"の連絡先は消そう。)
自分の努力の上に成り立つわけではない状況に左右される条件に願掛けするなんて、賢くない人間がする事だと分かっている。でも、シズクはそういうのが好きだった。
心の灯火は、常にないと生きていけないもの。
9/2/2023, 3:45:48 PM