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知れば知るほどハマった。私達に夢の舞台を魅せてくれる、劇団観覧車に。その中でいつも主役を演じている、スターの譲に。
本日最後の舞台を終え、退団する譲に大きな花束を手渡して、私は頭を下げた。お疲れ様でしたもありがとうございましたも、裏方の私が言うのはそぐわない気がした。でも無言はもっと変なので、仕方なくボソボソと何かを言った。緊張で、このときのことはあまり覚えていない。
譲が私ごと抱きしめて、「ありがとう」と耳元で囁いた。香水とメイクの匂いが鼻を掠めたと思ったら、譲は花束だけ取り去って、すぐ横の楽屋に入っていった。私は放心状態で立っていられなく、廊下の壁にガタンとぶつかった。
赤い顔を片手で抑えながら、今だけは心と心が通ったと信じた。譲にとってはただの照明係でも、私は譲を追いかけてスポットライトを当て続けた、一番のファンでもあった。

12/13/2022, 5:27:18 AM