その女は失恋した。
世界一の不幸者だと思った。
水槽の中で横に並び泳いでいるメダカですら、女の神経を逆立てた。
気分転換にと読んだ、小説の主人公の恋愛がうまくいくと、女は苛立った。
本を壁に投げつけ、本と壁紙が破れたが、それを見て「ざまあみろ」とニヤリとした。
次の日になってそれを見ても、後悔するべきことだ、ということに気付かなかった。
それほど女は病んでいた。
ある日、突然、空からいくつもの魂が流れ落ちた。それを嬉々として眺めている男がいた。
男は、自分が、かつて愛していた女たちの魂を呼び寄せた。
もう孤独に耐えられないと思ったからだ。
好きで永遠の命を持っているわけではない。
これ以上、置いていかれるのには耐えられなかった。
男は追い詰められ、過去に執着した。
これ以上、自分を置いていく者を増やしたくない。
それは呪いにも、叫びにも似た渇望だった。
魂は、数ヶ月経っても降り止まなかった。
失恋した女は空を見上げた。
外に出ると、空から多くの魂が際限なく降っている。
誰から見てもそれは女性の魂で、人々は極力、出歩かなくなっていた。
しかし、女はその光景に憧れと希望を抱いた。
「私もあんなふうに空から降りてみたい」
女は瞑想し続けた。
毎日祈り続けた。
しかし、いくら待っても、女の順番は来なかった。
待ちくたびれた。
来るはずはないのだ。
女は、その男に愛されていたわけではなかったのだから。
それでも、いつかあんなふうに美しく舞い降りたい。
女は、いつまでも待ち続けた。
「失恋」
6/3/2023, 2:34:12 PM