テーマ:大空 #39
※この物語は#20からの続編です
この真っ青な大空をどのくらいの人が見上げているのだろうか。どんな人が見上げているのだろうか。
「ねぇ、ラクラ。聞いてくれる私の過去のことを」
そんな空とは真逆の曇った顔をしたミデルが僕を見る。
人目が少ない野原の上、二人は寒空の下に寝転んでいた。
「うん」
僕が短く返事をする。ミデルは珍しくローブを外した。
「私の瞳、何色に見える?」
ミデルがそう言って僕に近づく。初めて会ったときと同じ、黄緑色の彼女の目を初めてじっと見た。
「黄緑色」
僕が答えると彼女は頷いた。
「私はね、魔法使いの中でも特殊な種族なの。普通魔法使いは紫や青の瞳をしている。でも、希に私みたいな黄緑色の瞳をしている魔法使いが生まれる」
彼女の視線が僕から空へと向いた。
「黄緑色の種族はね、生まれつき上限の魔法が使えたり、特殊魔法というものがついたり、普通の魔法使いよりも器用に魔法が使えたり…。凄く便利なの」
彼女は言葉を吐き出すように言った。
「でもね、その代わりに小さい頃から上限魔法が使えるからコントロールできなかったり、魔法の使い方が下手で力尽きて死んでしまったりする。だから、黄緑色の種族は、生まれるのも希で生きているのも希なんだ」
彼女の長い、茶色い髪の毛が風で揺れた。
「もう一つ、生きているのが希と言われる理由があるの」
そう言うと彼女は、いつもつけている黒い手袋を外した。すると右手にも左手にも紫色の波紋がついていた。
「これは10になると黄緑色の瞳を持つものだけにつく呪い波紋。この波紋が全身に広がると早いところ、10年で死んでしまう」
僕はゾッとした。彼女にも死が近づいているのかもしれない、と。でも彼女は明るく言った。
「でもね、私がこの波紋の呪いで死ぬことはない。私は、魔法も制御できていてさらに、この波紋の呪いも解いた。この波紋は後遺症みたいなもの。呪いは発してない」
彼女は波紋を指でなぞった。
「でも私は、この瞳や魔法や呪いの波紋のせいで沢山の人に差別の目で見られた。
たった少し能力があるだけで、少し見た目が違うだけで。気味悪がられた」
彼女は波紋をなぞるのをやめ、その手で拳を握った。
「『みにくい子』『少しくらいできるからって調子に乗るな』『あんたに居場所なんてない』ってさ」
乾いた笑いをするミデルは、いつものミデルじゃないみたいだった。
「地下牢獄で働かされるようになってからも、人の倍の労働をさせられた。身なりにあった労働をって」
ミデルは、ため息をついた。大きな、大きなため息だった。
「両親は?」
その言葉を出すと彼女はグッと下唇を噛んだ。
「あ、ごめん…。言いたくなければ言わなくて大丈ー」
「死んだよ」
彼女は言った。触れてはいけないところに触れてしまった。
「ごめん…」
「謝らないで。言おうとしていたから」
ミデルの目は潤んでいた。
「両親はね、私を産んだことに後悔していた。両親は二人とも紫の瞳なのに、生まれてきた赤子は黄緑。忌み子だって、私のことを呼んでた。自分の子供のことを大嫌いだった。いつも私のことを見る目は、他人と同じ冷たい目。まるで『話しかけないで』とでも言っているような」
一呼吸置くとミデルは、続ける。
「どこにも帰る場所なんてなかったんだ。私を愛してくれる人なんてこの国にはいない。そんなときに始まったのが地下牢獄の労働だった。まぁ、あの人たちは地下労働をする前に亡くなったから? 良かったんじゃないかな。それで。」
冷たく言っているが、僕はミデルの言葉にどことなく迷いを感じていた。それにも構わず、ミデルの話に耳を傾けじっと聞く。
「私はいつしか、人と接することが怖くなっていた。差別する目が怖くなってローブを深く被るようにして表情や瞳を隠した。手袋をして呪いの波紋を隠した。魔法をあまり使わないようにした。そうしたら普通の人に見えるんじゃないかって」
ミデルは青空に手を伸ばす。
「普通が欲しかったんだ。
普通に人と話して。普通にみんなと勉強して。普通に家に帰って家族と話して。普通に生活できる。
『普通』が」
ミデルの声は震えていた。伸ばした手も震えていた。
「この大空は広く広がっているんだよ? 世界はこんなに広いんだよ? それなのに私、なんでこんなにちっぽけな悩みで泣きそうになってるんだろう…」
ミデルは手を下ろすとそのまま目に落とした。
『普通がほしい』。僕もそう思うことがある。もちろん少し、ミデルとは感覚が違うけど。
でもミデルは、ちゃんと話してくれた。自分から。僕らはこれからどうするのが一番適切なのかわからない。
でもやることは、見えてきている気がした。
12/21/2022, 1:54:04 PM