無味。

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私の祖父は、毎日同じ辛子色のセーターを着ていました。
何十年も着古されたセーターは全体が毛羽立ち、洗濯のし過ぎで裾が縮み、どこか頼りない雰囲気を纏っています。
祖父がわたしを抱きしめる度に、幼く瑞々しい頬にちくちくとセーターの毛糸が擦れて擽ったかったことを、20年近く経った今でも鮮明に思い出します。セーターからは、いつも煙草と古い箪笥の匂いがしました。

あのちくちくの肌触りも、くすんだ辛子色も、今となってはもう記憶の中にしか存在しませんが、私はそれだけでも充分でした。心の中に眠る辛子色のセーターは私が孤独の淵で迷い込んだ時は必ず、「大丈夫、わたしがここに居ますよ」と伝えるかのように、からだの内側の柔らかい部分を、毛羽だった生地でそっと撫でるのでした。

ある日、私の可愛い一人娘が、覚束ない足取りで黄色のバスタオルを引きずっては、不満そうに口を尖らせてこう言いました。
「ちくちく、いや。ちがうのがいい」
私は娘の頭を撫で、つい先日買った触り心地の良いバスタオルで、そのちいさな身体を包んであげました。
そして床にくたりと横たわった黄色いバスタオルを拾い上げると、私は思わずはっと目を見開きました。衝動的にそのバスタオルを丸めて抱きしめると、使い古されて硬くなったバスタオルの繊維が、ちくちくと私の頬を撫でます。
仄かに湿った柔軟剤の匂いが、私の身体をじんわりと包み込んでいきました。


-辛子色のセーター-

11/24/2023, 3:53:04 PM