「入道雲の後ろが見てみたい」
僕は突然そう思った。
今すぐ旅に出よう。
冒険の旅だ。
幸いポケットの中には、今日のおやつののチョコレートがある。
飲み物は何とかなるだろう。
「まずはどうやって近づくか、だな」
走っていけば近づけるだろうか。
間に合うだろうか。
消える前に、形が変わってしまう前に。
「ようし行くぞ」
太陽は眩しかったけど、僕は雲に向かって、空の上の方に向かって思いっきり走った。
なぜかわからないけど、僕は空を走れたんだ!
最初はうまく走れなかったけど、だんだんと慣れてきて、ぐいぐい走れた。
地面とはもちろん違う、水とも違う、自転車を漕いでいるのとも違う不思議な感じ。
だけど、ちゃんと空気の地面(これ以上の例えはうかばないよ)を踏み蹴って走ったんだよ!
楽しかった!
どんどん走って、入道雲に会いに行く。
その時は、とても自由な気持ちだったんだ。
その時の僕は気づかなかったけど、側で見守ってくれていたんだ。
小さな妖精が、その時からずっと僕を見守っていたんだって。
どうして?って聞いてみたんだ。
そうしたら、小さい声でそうっと教えてくれた。
僕の耳より小さな妖精の声が、耳の入口から聞こえるものだから、くすぐったくて、思わず体がよじれてしまった。
「入道雲から頼まれたのです」
「どうして?」
「自分の裏側が見たいと思ってくれたあなたが、可愛らしくて、応援したくなったんですって」
妖精は、ふふふっと笑った。
僕も照れくさくなって、うふふって笑っちゃった。
「結局行けなかったけど、ね」
間に合わなかった。
入道雲は、あと少しっていう所で消えてしまったんだ。
悔しかった。
汗いっぱいの体が、いっぺんにもっと熱くなった。
ポケットの中のチョコレートは、もう溶けていた。
地面に降りた時には、地面の硬さにびっくりしたんだ。
まるで久しぶりに地上に降りたみたい。
そう、久しぶりに…。
ハッと気付いた。
僕は今、蜘蛛の巣の中にいる。
捕まってしまった。
僕は蝶々。
いつの間にか眠っていたらしい。
ああ、もう一度空を、もう一度…。
「入道雲」
6/29/2023, 10:44:31 AM