「はてさて、何からはじめたものか」
荷物の入ったダンボールの山々がそびえ立つ。
白髪を綺麗にまとめた初老の男は、メガネのブリッジを押し上げながらぼやいた。
「とりあえず、中のものだしてダンボール片付けちゃいましょう!」
左隣から元気な声がする。
荷物の山に阻まれ姿は見えないが、腕まくりをしつつ気合を入れているのは容易に想像できた。
「そうだね。まずはカウンターで使う物を出していこうか」
そう言いながら、ダンボール箱をまたいでカウンターキッチンへ向かう。
「やっぱり今回も魔法は使わないんですか?」
「もちろんだよ。食器も沢山あるし、手元が狂ってしまってはいけないからね。万が一というものさ」
「『万が一』が起きないことなんて、先生が一番良くわかってるくせに……」
不服そうな顔の少年がひょこり、とダンボールの合間から姿を表す。
先生、と呼ばれた初老の男は、納得しきれない様子の少年に笑いかけた。
「さあ、早速はじめよう。できれば明日にはお店を開きたいからね」
「明日!?無茶ですよ!荷物はこんなにあるのに!」
「コルト。やってやれない事はないのだよ。我々は0からはじめるわけではないのだからね」
「それはそうですけど……」
コルトと呼ばれた少年は、ふわふわの黄金の頭部をフルフルと振ると、小さな両手で握りこぶしをつくる。
「そうですね!やってやれないことはない!」
むん、と気合を入れるコルトに小型犬を思い浮かべつつ、「先生」は近くのダンボールを開け、中の物を覗こんでみる。
納められていたのは、コーヒーメーカーだ。
「さて、この町ではどんなお客さんに出会えるかな?」
期待に胸を膨らませながら、「先生」は微笑んだ。
『喫茶・旅鳥、只今開店準備中。』
2/22/2023, 8:20:29 AM