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 既に寝ている親を起こさないように玄関の扉を音を立てずそっと開いて外に出た。4月だというのに昼間は夏のような暑さだったが、日付が変わる少し前のこの時間は少し肌寒く感じる気温で過ごしやすい。
 扉を閉めて夜空を見上げ天気を確認する。日課となっている夜中の散歩に行く前のルーティンだ。雲は少なく空は明るい。少し欠けた月が夜空を照らしていた。明後日は満月。
 首から下げた小さな電灯が歩く度に服のボタンに当たりカチカチと音を立てている。いつもと同じ道をダラダラと歩く。
 でも、その日はいつもと違った。
 風に乗ってどこからか煙の匂いが流れてきた。時々、他人の家から煙草の匂いがしてくることはあったが、今日のそれは煙草の煙の匂いではないと明らかに分かる。
 そういえば散歩に出る前に、サイレンがなっていたことを思い出した。近所に病院と警察署があるため、サイレンの音は毎日の様になっているから気に留めていなかった。
 たぶん火事だと思った。
 野次馬は好きではないが、自宅に被害が及ぶか確かめる必要がある。早歩きで進むと割と近いところに大量の白い煙がモクモクと上がっているのが見えた。
 いつもこの時間は人出がないのに、今は祭りの時みたいにわらわらと人が家から出てきていた。
 燃えていたのは自宅には影響がない距離の場所にある公園の近くの小さな酒屋だった。消防が消火活動をしていたが窓から炎が飛び出していた。まだ鎮火していない。
 火事なんて人生で初めて目撃した。いつもの散歩に出ただけなのに非日常に出くわすなんて思ってもみなかった。
 非日常は少し怖かった。
 

4/30/2026, 6:14:12 AM