063【過ぎた日を想う】2022.10.07
老人は病床で、過ぎた日を想うことが多くなった。なかでも、若くしてこの世を去った最初の妻のことを、頻繁に思い返すようになった。
二十代という、人生の花ともいえる季節に結核で死なねばならなかった彼女のことを、ずっとあわれだとおもってきたが、いまこうして、己もいつおむかえがきてもおかしくはない境遇になってみれば、長く生きることも短くしか生きられなかったことも、おなじ一刹那、あたえられた命を生き切ったことにはかわりなく、あわれとおもうことこそが傲慢であった、と嘆息された。
そして、すでに過ぎた八十余年の生も、病魔と衰弱で残りいくばくも無いであろう生も、等しく同じ重さをもつのであれば、笑顔を重ねてぞんぶんに味わい尽くしてやろうではないか、と貪欲な気持ちすらわいてくるのであった。
10/7/2022, 4:48:39 AM