rinne

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5年前に死んだ私の彼氏が帰ってくるらしい。
笑える。
本当にこんなことがあっていいのか不思議で仕方がないけれど、帰ってくるならそれはそれで嬉しい。
でも、今夜の夜中の12時までしかここにいれないらしい。
シンデレラかよ、とツッコミたいとこだけどそれはさておき。
今、私の隣には5年前に交通事故で亡くなった彼氏が。
と、言ってもやっぱり不自然すぎる。
一緒にやりたいことは沢山あるはずなのに。会話も続かないし目も合わせられやしない。
「ねえ、私の事まだ好き?」
「ああ」
なんとなく投げかけた質問に天からさっき帰ってきた彼氏は真顔で答える。
5年ぶりの再開。
嬉しいはずなのに。くだらない愛の答え合わせなんかして何をやっているのだろうと思う。
12時まであと30分。
無言が続く。
それでも嬉しかった。彼氏は真顔だし、私も別に何をするわけでもなかったけれど一緒にこうして居られるのがまた嬉しかった。
でも、突然頭が急激に痛くなる。
ああ、あと30分しかないのに。
頭を思い切り殴られるかのような強い痛み。
その痛さと同時に彼氏が他界した日の記憶が頭を駆け巡る。

「なあ、お前誰だ?」
「わたしは、あなたの彼女でしょ…?なおくん?」
「っ…。だからそのなおってのがお前の彼氏だろ。俺はお前みたいなやつ知らねえよ」
夜の公園での言い争い。私の手にはナイフ。
なおくん。ねえ、なおくん。なおくん。なおくん。
「私はなおくんの彼女だよ?ねえ、だから前みたいに好きって言ってよ」
その言葉と同時に私はなおくんの首元にナイフを当てる。
本当はこんなことしたくない。だけど、好きって言ってくれないと不安で。毎日毎日怖くて。どうしようもない。
「おい、離せよ」
「やだ」
その瞬間、なおくんの首元から血が流れる。こんなの、こんなの間違ってる。でも後には引き返せない。
「ねえ、お願いだから、お願いだから好きって言って、それだけでいいから。お願い。なおくん」
ナイフを持つ手に力が入る。
なおくんが口を開く。
「っ、好きだよ、な、?それでいいだろ。いい加減俺から離れてくれよ」
ちがう。これじゃない。なおくんはもっと優しくてあったかくて…
「ちがう!この好きじゃない」
夜の公園に私の声が響く。
「じゃあどれだよ。こんなストーカー女知らねえよ」
「もっと、あったかくて優しい好きだよ」
手に持った包丁がなおくんの血でいっぱいになる。
「痛…。好きだ。好きだよ」
最後、そう言ってなおくんは首にナイフが刺さったまま死んだ。

そう、あれは交通事故なんかじゃなかった。
なおくんでもなかった。
あれは、ただの知らない男だった。
知らない男を私は殺した。
なおくんは、なおくんはとっくに死んでた。
頭痛が引くと同時に私の中の記憶が正しいものへと変わっていく。
きっと私は今まで全部の記憶を都合のいいように塗り替えてた。なおくんが死んだことも。偽りのなおくんが死んだことも。
好きがないと不安だったから。
ふと、顔を上げる。
そこにはさっきまで一緒にいた゛偽り゛のなおくんはもういなかった。
部屋の中の時計を探す。
12時3分。
あの男帰ったんだ。
間違えて呼んだな、と不意に思う。
本物のなおくんだったら良かったのに。
でも、あの男のおかげで゛好き゛よりももっと大切なことを見つけられた気がした。
それは、私が5年前に公園で殺した、シンデレラボーイがくれた特別な夜のおかげなのかもしれない。



お題『特別な夜』より

1/21/2024, 11:19:41 AM