京須

Open App


「勇。勇!お前さぁ、なんで半袖にしないの」

8月半ばの昼すがら、自転車を漕ぎながら大声で僕は尋ねた。
前を走っていた勇が、急になんだよ、と振り返りもせずに尋ね返してくる。

「今、気になったの!暑いじゃん、今日。つうか5月くらいからずっと暑いじゃん。なのにお前長袖しか着ないから。本当に死んじゃうぞ。熱中症で」

あいつは全然振り向かないので、仕方なく僕はさっきより声を張り上げた。これじゃ殆ど叫び声だ。
実際、大声を上げるのも億劫な程に今日は暑かった。項をじっくり焼いていく太陽が憎い。
なのに、こいつは一向に半袖を着ようとしない。なんで?
……純粋な心配と、それからちょっとした興味心。それらに駆り立てられて、ぼくは勇に尋ねたのだ。

「お前、意外に優しいのな。……ほら、そこのコンビニ寄るぞ!」
コンビニ寄るぞ、の寄るぞの部分で勇は初めて振り返った。
顔が真っ赤で、汗で前髪が張り付いている。よく見たら、紺色のシャツももうすっかり黒色に染まりきっていた。いくらなんでも我慢しすぎだ、ばか。

「待てよ!おれ、お金もってないぞ!100円しか!」
「俺のおごり!いや嘘、割り勘で!」



コンビニを後にして、ぼく達は近くの公園のベンチに座っていた。
冷房がガンガンに効いたコンビニ──ぼくが思うに、天国とはきっとあんなところなのだろう──にずっと居たかったのは山々だが、いくらなんでもコンビニ前でたむろするのは迷惑だろう。
幸いすぐ近くにコンビニがあったので、ここまで自転車を漕いで来たという訳だ。
隣の勇を見る。相変わらず赤い顔をしているが、さっきよりはいくらかマシになってきている。
屋根付きのベンチで助かった。
そう思いながら、ぼくは液体になってきているパピコをじゅっと吸い上げた。ほろ苦い。これがぼくの全財産の味か。
なんだかやけに静かだ。まあ、2人ともアイスを食べている途中だから仕方ないのだけど。
でもちょっと気まずかったので、とりあえず気になっていた事を聞いてみることにした。

「そういえばさ。お前、その痣どったの」
「え、痣?どれ」
「目の下の。ちょっと青くなってる」
「ああ、これ。参ったな。……ぶつけた。この前チャリでコケたんだよ」
へえ、と頷く。聞いたあと、どう話を展開するかは特に考えていなかったし、考えなくていいと思っていた。だから、やっぱりしばらく沈黙が続くことになる。

「長袖の理由な」
「ん?なにさ、急に」
「さっきの話の続き。長袖の理由はさ、その、えっと」
唐突に言い出した割には中々煮えきらない。もどかしかったので、ずばり?と尋ねると、勇はしばらく目を泳がせて言った。

「……その、かっこいいから?」
「なんで疑問形」
「かっこいいから!」
誤魔化すように声を張り上げて、パピコの残りを一気に吸い上げる勇。
……なんというか、その。

「お前がここまで嘘下手とは、思わなかったな」
というか、かなり苦しいと思う。その言い訳。

「言うな!」
あ、自覚はしているらしい。


わざわざ家までの短い距離も漕いでいくのも疲れるので、自転車を押して歩くことにした。2列横並びは迷惑なので、縦にずらっと並んだ形で。ぼくが前で、勇が後ろ。

「あのさあ」
後ろから声をかけられる。振り向くのも億劫なので、とりあえずああとかんんとか言って返事をした。イサミの表情は分からない。

「さっきの、公園の話なんだけど」
「ああ、あれ。いいよ、言わなくて」
ハンドルを押す腕に力が入らない。いくらなんでもはしゃぎすぎただろうか。……返事は返って来ない。黙られてしまっては仕方ないので、こっちが一方的に喋りかける形になる。

「おれ頭良くないけどさ、流石にそこまでにぶくないよ。お前が自分から言いたがってはいないって、それくらいくらいわかるさ。
……言いたくないんなら、無理に言わなくてもいいから。
お前が胸を張って言えるようになった時に言ってよ。その時はおれも全力で聞いてやるから」
それだけ言って、疲れた体に鞭打って歩くスピードを上げた。
沈黙が続く。
沈黙が続く。
沈黙が続く。
そろそろ気まずくなってきた。不味いことを言っただろうか。どうしよう、と思ったとたんに、後ろから声が投げかけられた。

「ばっか。お前、かっこつけすぎ」
「……は」
疑問符が頭に浮かんだあと、一気に顔が熱くなる。今の自分の顔は、きっとさっきのこいつの顔より赤くなっているはずだ。急に恥ずかしくなってきて、思わず俯く。赤に染ったコンクリートが目に入った。
……なんだよ、それ。そりゃ、自分でもちょっとそう思ったけど。

「でも」
シャーッと、音が後ろから近づいてくる。自転車のチェーンが、タイヤを回転させる音。顔の横に風を感じて、なんだよと思って顔を上げる。
いつの間にか、勇に追い抜かされていた。それどころか、どんどん先に勇は進んでいく。それで、ついに顔すら見えないくらいに遠のいた後。

「ありがとな」

あいつが振り向いて、思いっきり手を振って叫ぶのが聞こえた。

7/26/2025, 9:45:09 AM