狼星

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テーマ:月夜 #115

ーーコンコン
一人の男がドアを叩く。
「月夜の晩にどちら様ですか?」
家の中から老婆が出てきた。
「旅のものです。一晩止めていただけないでしょうか」
「まぁ、まぁ。こんな雪の中…。大変でしたね。
 さぁさ、お入りなさい」
老婆はそう言って男を中に入れる。
「狭い家ですが、どうぞ休んでいってください」
そういった老婆は、男を囲炉裏へと案内する。
そして男に茶を出す。

「月が今日はきれいですねぇ…」
老婆はふと言った。
「おじいさんも、遠くでこの景色を見ているのかしら」
老婆の言葉に男は茶をすすり聞いた。
「おじいさんに会いたいですか?」
と。
「えぇ。でもおじいさんは、あまり早くこっちに来るなって言いそうね」
老婆は答える。
「死ぬのが怖くないんですか」
男は躊躇なく言った。老婆は少しの間じぃっと男を見つめる。
「死ぬのは怖い。でもおじいさんにも会いたい。こんなの矛盾しているって私もわかっているのよ。
でもね、歳をとるたび思うのは、大切な人がいたときが一番楽しいってこと。失って初めて気がつくの。失ってしまったらもう、遅いのにね」
老婆は遠くを見つめるようにして目を細めた。
「あら、ごめんなさいね。私の話なんて聞いても面白くないのに。寝る支度をしますね」
男は立ち上がる老婆を見ていた。何も言わず、じっと。

静かになった家の中。
老婆は布団を敷き眠りについていた。
そこに忍び寄る黒い影。家の窓からのわずかに月明かりに何かが反射する。それは大きな釜だった。
忍び寄る黒い影は、男のものだった。
男は死神だった。今宵、老婆の命を頂戴するつもりだ。
死神は眠る老婆に釜を振り上げた。
ところで静かにおろした。男は何も言わず老婆を見つめ、静かに家を出た。

朝、老婆が目覚めたときに既に男の姿はなかった。
しかし、丁寧にたたまれた布団が男がいたという証明になっていた。
「まぁまぁ、丁寧な『死神さん』なこと」
老婆はそれを見てそう言って微笑んだ。


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3/7/2023, 12:15:43 PM