しだれ

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「突然の別れ」

ほんの一瞬。 一瞬だったのに
あの光景はスローモーションで僕の頭にこびりついている。
その夜、僕は最近付き合い始めた彼女とコンビニへ向かっていた。
特に買いたいものは無かったが、その近くに居る野良猫に餌をあげにいくことが目的だった。
時は遡り学生時代、登校していると目の片隅に泣いている女の子が目に映った。どうやら他の猫と喧嘩して大怪我をした猫を助けたいがどうしていいか分からないらしい。
正直、ここで助けたら学校に遅れるし、もしもそんなところを誰かに見られたら冷やかされたりバカにされそうであまり関わりたくないのが本心だ。
でも、昔猫を飼っていたことや泣いている女の子を放っておけないという気持ちが後押しして、声をかけてしまった。
結果的にあの猫は手術して元気になったけど、先生にこっぴどく叱られた。
こっちの話なんて聞こうともしない。
ああ、思い出したら腹がたってきたぞ。
1つ良かったことと言えば、それをきっかけに女の子と仲良くなれたことだ。
僕よりも幼く見える女の子はどうやら僕と同い年だったらしい。
僕は学校ではあまり目立つようなタイプではないし、話上手でもない。
だから女の子と仲良くなれたことは僕にとって人生で一番の喜びだったのだ。
既にお気づきだと思うが、その女の子というのが今の僕の彼女だ。
彼女もまた猫好きですぐ打ち解けた。
交際を申し込んだ時は本当に心臓が破裂するかと思ったよ。
まぁそんなこんなで付き合い始めた僕たちはいつの間にかコンビニの近くに住み着いていたあの野良猫に餌をあげることを日課としていた。
この野良猫をきっかけに彼女と付き合えたのだからこれくらい安いものだ。
できることなら家で飼いたいが、どちらもペット禁止のアパートだから仕方ない。

と、物思いにふけっていた僕の腕を彼女が引っ張った。
「ねぇ、聞いてる?」
おっと、いけない。
彼女は不機嫌そうに僕を見つめている。
このまま黙っていたら間違いなく拗ねるだろう。
「うーん...ハーゲンナッツで勘弁して、」
手を合わせてお願いする。
途端に彼女は笑顔になり「ほんと?いいよ!」と笑う。
こんなところも愛らしい。
立ち上がり買いに行こうとして、財布が無いことに気づいた。
そういえば家に置いてきたんだったな…
ついでに猫の玩具も持っていこう。
僕は彼女をそこに残してもう一度家に戻る。
そして財布と猫の玩具をとってまたコンビニに向かう。
人によってはめんどくさいと感じるかもしれないが、こんな無意味な時間が僕にはとても心地のいいものだった。
「おーい!」
信号の先のコンビニで彼女が手を振っている。
小さく手を振り返す。
待っている間に財布をポケットから出しておこうと思いゴソゴソとポケットを探っていると、一緒に入れた猫の玩具が落ちてしまった。
パッと猫が反応する。
しまった、と思った時にはもう遅かった。
走り出す猫。今まさに信号を通ろうとするトラック。

ぐちゃっ

肉が潰れる音がした。
だが、それは猫のものではない。
彼女だ。
彼女が猫を庇ってトラックに轢かれたのだ。
トラックは彼女を引きずりながら数m先で停車する。
街灯で照らされた道路に赤い血がベッタリとうつしだされる。
しばらく僕は目の前の光景を信じられずに呆然と立ち尽くしていた。
が、時間が経つにつれ現実に引き戻される。
近づいてくる救急車のサイレン。
野次馬共の声。
心臓の鼓動。
彼女が轢かれた時の肉が潰れるあの音。
全てが頭の中でグルグルと回る。
彼女が救急車に乗せられるのを見ながら僕も気を失った。
突然の別れ Fin.

5/19/2024, 5:28:31 PM