みみみ

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「なんだか、今日は冷えますね」

窓の外は、ちらちらと天から雪が落ちている。月が雪を照らし、この静かな夜と、静かな男を一層素敵にしていた。

「、、、地球が冷えたって、太陽が冷えたって、わたくしには関係ありませんわ」

令嬢は、半分意地悪をして男に拗ねた態度を取る。 拗ねた自分が、さらに自分を魅力的にしてくれるという、令嬢らしからぬ媚態であった。

「あなたが風邪を引いたときいて、慌てて俺は工事現場抜けてきたんです」

男は、力仕事で幾分ひしゃげた猫背の軀を縮こませながら、令嬢に近づいて、跪く。

まるで、それは神父のような態度であった。

主なる神が高御座から大いなる神のみ声を告げ知らせた時、恭しく、しもべのように這いつくばる、敬虔であり、幾分賢しらな召使の在り方だった。

令嬢は、男の無作法な身分知らずの口調を咎めない。
咎めたら、この男は、自分から離れてしまうから。
咎めたら、この永遠に似た、退屈でいて、男の恭順な愛が壊れてしまうから。

令嬢は、黙って男の顎を指で上に向かせる。

ざらついた髭。大きすぎる軀。盛りのついた男の、血潮にも似た匂い。

「わたくしがどんな目に遭っても、苦しんでも、貴方はお馬鹿さんだから、世界の果てからわたくしを呼んでくださるわね」

令嬢のボディーガードとして、優秀な男だった。

だから、令嬢の父はこの男を実の子の様に扱った。

可哀想に。この男は、父には駒としてしか扱われないでしょうに。

令嬢と祝言をあげさせ、その子供をさらに自分の駒にする。

「もちろん。貴女の為なら、俺は何度でも死にます。死んで蘇って、また貴女に尽くします。天国に行こうが、地獄に行こうが、貴女のいない世界に行こうが、俺は貴女を記憶して、貴女の杖となります。貴女の居場所が天国であり、また俺の愛すべき地獄ですから」

令嬢は熱に浮かされた頭で考える。

この男は、女とどんなまぐわいかたをするだろう。

こんなに拳骨みたいな軀を使って、蛇みたいに私に絡みつくのだろうか。

軀も心も絡みついたまま、何者にもなれないで、朝も昼も夜も一緒に抱きしめあえたら。

世間の常識、男と女、くだらない身分を叩き潰して、ただ獣のように吐き気がするほど交われたら。

令嬢は想像する。多分、それは、すぐに来る未来だと。

わたくしはきっと、母親失格だろうと思う。

この男の子供ができても、きっとこの男より愛せない。

世界中の人間と、この男一人の命は、わたくしにとってこの男の方が重い。





令嬢は気づかずにいた。自分でも最初は駒として扱っていたこの男に、下らぬほど下品な、それでいて、真実の劣情を抱き続けていることに。

4/3/2026, 1:42:02 PM