宝物
小学校に上がりたての頃、歳の離れた姉が持っていたバニラの香りのリップクリームがどうしても欲しくて、気づかれないように自分のポケットに入れてしまった。
小さくて平たいスライド式の蓋のケースに入っていて、全体的に50年代のアメリカのデザインでソフトクリームのイラストと英語で“Lip cream”と書かれてあったのを未だに覚えている。
姉には幼少期からいつもいじめられて、私の軽度の人間恐怖症を植え付けたそれはそれは恐ろしい人なのだ。いつバレるのやら毎日ハラハラしていた。
しかし、盗んでしまったという罪悪感となんてどこかに行ってしまうくらい強いバニラの香り。
こっそり唇につけては、うっとりしていたのを思い出す。
当の姉はそれがなくなった事に気がついてなかったのか、私は怒られることもなかった。だけどそれを堂々と出すことも出来ずに秘密の宝物として引き出しに潜ませていた。
だけど、何年か経ち気がつくといつしか無くなっていたそのリップ。時々思い出しては失くしたことを後悔した。今でも何処かで出会えば必ず買うだろう。
ただ一つ疑問に思うことがある。姉は本当に気づかなかったのだろうか?それとも見て見ぬふりをしてくれていたのだろうか?
いや、よもやあの姉に限ってそんなことはない、はず、、。
姉がこれを読んでいたら言いたい。
「勝手にとってごめんなさい。それと、あのリップ何処で買いました?」
、、言えない。考えただけで恐ろしい。
全部私の心の宝箱に封印しておこう。
end
11/20/2024, 11:26:08 AM