まるで修行中

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その女は、一日中さまよい歩いていた。
すれ違う人間が慌てて放ったような体臭と、そこら中に生えた苔の混ざり合ったような、生ぬるい、体にまとわりつくような水の中を漂っているような錯覚に落ちていた。
太陽ですら自らの全てを届けることができない、とろみのある空間。
そこに溶け込むわけでもなく漂う女。
「まるで見捨てられた水槽のようね」
ふと、女は思った。
私は金魚。
ここから外には出られないの。
少し先には頑丈なプラスチックの壁があって、その壁には苔が生え、誰の姿も映らない。
紅い口紅をペンキのように塗りつけた唇は、体内のあれやこれやと同じ色をしていて、たまに、空から頼りなく舞い落ちてくる餌にかじりつく時に、それを誰かに見られないようにしなければならない。
私のこの命の熱を隠さなければならない。
女は、そこまで考えて立ち止まった。
ふふっ。
誰にも気付かれてはならない、なんて、ふふふ。
空から雨が降り始めた。
綿飴が蜘蛛の糸に姿を変え、細く長く限りなく降りてくるような雨だった。
女の体は少しずつ周りから溶け始めた。
降り続ける雨は、完全に女の体を溶かしてしまった。
そうして、いつしか跡形もなく、その紅い色を洗い流した。

5/25/2023, 2:26:37 PM