【大事/おおごとにしたい】
◀◀【カレンダー】からの続きです◀◀
⚠⚠ BL警告、BL警告。誤讀危機囘避ノタメ、各〻自己判斷ニテ下記本文すくろーるヲ願フ。以上、警告終ハリ。 ⚠⚠
店の外に出るとまだ空に日はあるものの、薄暗い影が地上に滲みはじめて遠くの木々が影絵のように寂しく見えた。空を見上げれば川沿いの場所ゆえによく見渡せ、美しく暮れていく雄大なさまに見惚れながら、アランはエルンストが駐めてくれた愛車まで歩いて行った。片側のフロントドアにもたれ、空を仰ぎ見つつ先ほど届いたメールの送信者へ電話を掛ける。呼び出しコールが鳴ったと同時に相手と繋がった。待ちかねていたらしい、耳が拾った第一声は大きな安堵の息を吐く音だった。
「ヘルマンくん大丈夫かい?呼吸するのを忘れてたのかな?」
アランのとぼけたセリフに受話口のスピーカーから電話の相手、ヘルマンの力無い笑い声が響く。それから彼は休暇中のアランに連絡したことを済まなそうに詫びた後、こうなった簡単な経緯を説明してくれた。
「……というわけでメールの通りの状況なんです。とにかくあなたと連絡つけろの一点張り、おまけに解雇まで振りかざしての、いつになく虫の居所が悪いようです。どうあしらえば良いものか、一度あなたのご意向を伺った上でご指示を仰げたらと……」
聞きながらやれやれと小さくため息をつき、今までアランの盾になってくれていたヘルマンをねぎらった。
「ありがとうヘルマンくん。ずいぶんと僕に気を遣って、さっきまで連絡を入れないでくれたんだね。それにしてもこんな接待メインの打ち合わせに、どうして毎回僕を引きずり込もうとするんだか。もう相手にしなくていいよ、代理人も必要ない。ひとまず僕が今から直々に彼のお望みの資料およびプレゼン内容、手順まで網羅したデータを作成してメールで取締役に送っておくから。メッセージに、解雇の件、承りました。 喜んでお受けいたします ―― って一言を添えてね」
そう伝えているときエルンストが店を出てこちらへやって来るのが見えた。驚いた顔をしている。聞こえてしまったのかな?本社のヘルマンと話しているのは北の言葉でエルンストと話しているのは南の言葉。異なる言語だが、この地方ではバイリンガル、トリリンガルなんてザラだ。何を言ったのか意味を理解できたのだろう。それに彼の名からして北の語感だし。まあ聞かれて困ることでもない。そうだ、それにエルンストにはこのことでお願いしなければならないことが生じた、傍へ来るよう手招きで呼び寄せる。困惑しながらもエルンストは少し距離をおいてアランの隣へ、同じように軽く車体にもたれて立った。会話が聞こえても大丈夫なのかと訴える視線を向けてくる。むしろ聞いていてくれ、その方が話が早いとそんな意味を込めたウインクをエルンストに返し、さらにはスピーカーモードにまで切り替えてしまうと呻くようなヘルマンの声が返ってきた。
「……そのジョークはさすがに不味いですよ、ジュノーさん。あの人のことですから、きっとおおごとにして、最悪本当に解雇させられてしまいかねないのでは……」
不安そうに言葉尻を曇らせての具申だったが、アランはさわやかに相好を崩してご機嫌に答えた。
「解雇、ああ解雇!実に甘美な響きだ、僕がなによりも求めていた言葉だよ。ここしばらく契約破棄のうまい口実について試行錯誤していたところにこれ幸い、渡りに船ってやつだね。この件は僕の方で大いにおおごとにしたいんだけれど、売られた喧嘩をストレートにやり返すのはスマートじゃないし、とりあえず今回はジョークで軽く扱っておいて、次に向こうがどんな反応を示してくるか様子をみるとしよう。そういうわけだ、ヘルマンくん。取締役はこっちで引き受ける。煩わせて済まなかったね」
「そんな、こちらこそ対処しきれず申し訳ないです……ではよろしくお願いしますジュノーさん。あの、くれぐれも、あまり取締役をからかい過ぎて追い詰めないように……」
語尾に添えられたヘルマンの心からのご忠言に、当の彼はうっすらと不敵な笑みを浮かべただけで取り合わず、「また近いうちに」とだけ言って電話を切ってしまった。
そしてほんのしばしの沈黙のあと、スマートフォンのケースを小気味よくパタンと閉じて、北の言葉のままアランが口を切った。
「 ―― さて、エルンスト。今までの話、理解していると思うけど」
エルンストはとくに気負わぬさまでうなづいて、同じく北の言葉でごく自然に返してきた。それは北の本国の、混じり気のない首都訛りであった。
「ええ、状況把握しました。大丈夫です、うちのパソコンをお貸しできますよ。ではすぐに移動しましょうか、また僕が運転します」
エクセレント。久々の手応えあるやり取りに思わずアランの笑顔がほころんだ。
「まったく頼り甲斐のある相棒だね。君の虜になってしまいそうだよ」
愛車のキーケースをポケットから取り出してエルンストに差し出したアランは、ふたたび南の言葉に戻してはや助手席に乗り込んだ。一方エルンストは、しれっと告げられたアランの罪な媚言にいたづらに心乱され、あやうくキーを受け取りそこねそうになり、あたふたと遅れて運転席に着いたのだった。
▶▶またどこかのお題へ続く予定です▶▶
9/20/2024, 10:15:23 AM