白藤桜空

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『銃口』
「なあ、終わりにしないか」
「は?」
 まさかのセリフに振り返ってその真意を聞こうとした。だが、後頭部に当てられた冷たい筒状の感覚のせいでそれは叶わなかった。
「まさか俺に銃を向けるなんてな。これが飼い犬に手を噛まれるってやつか?」
「どうとでも言うといい。もう何を言っても遅いんだから」
 安全装置を外す音がする。確かに何を言っても遅いのだろう。俺はとっさに手にしていた拳銃から手を離すと、両手を挙げて抵抗する意思がないことを示す。
「分かった。どうせ死ぬなら素人に殺されるよりお前に殺される方がマシだ。まあ素人に殺されるようなヘマやるぐらいなら殺し屋なんてやらない方がいいがな」
「強がり言うなよ。俺のこと素人に毛が生えた程度ってずっと言ってたくせに」
「そりゃお前、俺に比べたらどんなやつでも素人同然さ」
「よく言うよ。俺なんかに後ろ取られておいて」
「俺も年取ったのかもな」
「そうかもな」
 一瞬降りる沈黙。相棒はいつもこうだ。言いにくいことがあると、少し黙って思考に沈む。そして考えが決まった頃には、もう揺るがない。
「今までありがとう。父さん」
 サプレッサーで音の殺された銃声がわずかに聞こえたあと、物言わぬ死体となった男が地面に倒れる。
「大丈夫、俺もすぐ逝くから」
 サプレッサーを外して撃ちやすくした少年は、自分のこめかみに銃口を当て、一息に引き金を引く。
 かつて殺せぬ者はいないと謳われた天才殺し屋も、歳を取って腕前が落ちた。もう用はないと判断した組織が殺し屋の男を殺すのに選んだのはその息子だった。当然ながら息子は拒んだ。だが見せしめに母親を殺された息子は、父親を殺す他なかった。父親も、それを知っていて殺された。
 誰にも救いのないこの世界に立ち上る硝煙の煙は、線香の煙を想起させた。
テーマ:終わりにしよう

7/16/2023, 7:28:26 AM