【不完全な僕】
生まれてから眼帯を外した事が無かった。学校に居る時も、風呂に入る時も、寝る時も、一度も。
理由は至って単純で、僕は生まれつき、右目の視力が驚く程に悪いらしい。
僕の右目は、生まれてから見えないも同然なくらいに使い物にならなくて、5歳くらいの頃から 片目だけを瞑って物を見る僕に、違和感を感じた母が、病院に引っ張って行って、そこで漸く判明したのだ。
このまま、片目の視力だけ悪いままで過ごすと、もう片方の目の視力にも影響してしまい、それこそ本当に失明の危機があるとか何とかで、毎日欠かさず眼帯を着けて生活をする事を、医師から強要されている。
…と、親には、そう聞かされている。
外したいと思ったことは何回かあった。ただ、僕が眼帯を外してみたいと言うだけで酷く叱るのだ。
本当に、ただの興味本位。目が悪いだけなら一瞬外したってなんともないはずじゃないか。そう思って。
眼帯を外したその瞬間、居間でスマホを見ていた筈の母が飛んで来て僕を突き飛ばした。
倒れ込んだ僕の顔面を見て、母は青ざめた顔をした。
「ダメ!!!!!!!!!!!!!」
ビクッ、と肩が跳ねる。
まだ子供だった当時の僕は、訳が分からないと言った風に、兎に角 普段滅多に感情を顕にしない母に怒られたと言う事実だけが脳を反芻していて、パニック状態になり泣きじゃくった。
母はすぐに我に返った様な表情をし、泣いている僕を見て
「ごめんね、ごめんね……」
と言いながら僕の事を抱き締め、また同時に泣きじゃくった。
次の日、母は死んだ。
事故だと聞いたけど、子供だった当時の僕にもこれくらいは分かる。僕が眼帯を外したせいだ。
外したその時は、洗面台の前で外したんだけれど、朝方だったせいもあり、風呂場から漏れた光が鏡に反射したのか、ちょうど右目の所だけ何も見えなかったのだ。
もし母が死んだのが、僕が自分の目を見たせいなら、それを先に言っとけばよかった。
それから僕は、一度も眼帯を外した事がない。外したいと思った事も無い。
特に私生活に異常をきたしている訳でも無いし、痒くなったり痛くなったりした事も一切無い。
たまに友達にイジられる事もあるけど、この面白みの無い事情を話してしまえば、呆気なく話は終わり、触れられる事も無くなる。
僕は生まれつき顔が整っている方ではあるので、この眼帯のせいで痛々しく思われて、彼女が1人も……なんて事も無い。
でも、やっぱり…
「それ、怪我?」
誰…?
「外しちゃおうよ」
いや、ダメだって。
「誰も見てない」
8/31/2024, 2:18:19 PM