- 閉ざされた日記 -
金づちで地面を叩くと、星が砕ける音がした。
間違ってはいない。ここは地球から遥か遠く離れた惑星で、僕は発掘者───と言っても、非公式の───としてこの星の表面を削り取っているからだ。削るたびに、きゅいん、とした、鉄琴のような音が静かな宇宙空間に響き渡る。いや、どこか電子音も混じっているような音色だから、シンセサイザーの方が近いかもしれない。どっちでもいい。
見渡す限り生命体や文明の影は見えない。かろうじて遠目に少し盛り上がった隆起が見えたが、それだけだった。あとはただただグレーがかった、まっさらな地表。星自体も非常に小さく、かの有名な王子さまが住んでいたあの星といい勝負だ(この王子さまは、近年になって実在していたことが判明された)。
こんな辺境の星に出稼ぎに来なくてはならないほど、僕は困窮した生活を送っていた。地球の周りに散らばる星は、あらかた発掘しつくされていて、ぼこぼことした人工のクレーターばかり目立つようになっていた。その反面、この星は小さくはあれど、表面はさらさらとして、綺麗だった。
きゅいん、きゅいん、と星を叩き続ける。ぱらぱらとした石灰のようなものがその度に舞い散った。灰色がかった表面は次第に深く削れていく。ただ、めぼしいお宝が見つかる気配はなかった。よくあることではある。懲りずに掘り進めていく。
掘り進め始めて十数分。意外なことに、変化があった。灰色の分厚い表層の下には、見るも鮮やかな赤い層が覗いて見えた。ところどころきらきらとしたものが混じった、血のように赤い肌。一瞬期待したけど、特に価値のないよく見る鉱物だったため、僕はちっと舌打ちをした。
また懸命に金づちで地道に掘り進めていく。すると赤い層の時代は歴が浅かったようで、すぐにまた違う色が現れた。一瞬草むらかと錯覚するほど、生き生きとした緑。触り心地もどこか柔らかく、極限まで切り込んだ裏起毛のような、そんな手触りだった。この地質も特に価値はなかった。今度は舌を鳴らすことはなかった。
その後も僕はたくさんの時代に出会った。ペンキを塗ったかのように鮮やかで真っ青な階層。ビーズのような砂利が敷き詰められた脆くて薄い階層。触ると指先が痛くなるような、鋭い鉱石がタイルのように詰まった、どこか慇懃な階層。遠くの盛り上がったあれはきっと休火山だったのだろう。僕は金づちを振り下ろしながら、そんなことを薄ぼんやりと考えた。とうにこの星に高値で売れるものなんてないことは察していたけれど、僕は金づちを振り下ろし続けた。
───そういえば、
と僕は思いつく。火山で出来た層をなんというのだっけ。確か小学校の時習ったのだけれど…………………ああ、思い出せない。一旦目の前のことに集中しよう。…………きっとこの星を刀ですぱんと真っ二つにしたら、鮮やかな層たちが表れるのだろう。時代を刻んで、つみあげてきた、歴史の証………樹木の年輪のようで、人目なんて知らずに生きてきた、内省的なダイアリー…………
ぴたり、と僕は振り上げた腕を止めた。一瞬時が止まって、へなへなと腕を下ろす。金づちをリュックに入れて、立ち上がった。僕はすっかり色とりどりの砂にまとわりつかれていて、身体を叩くたびそれらは紙吹雪のように舞い上がった。深く抉れた穴の中に僕は立っていて、周りにも色彩豊かな砂山があちこちに出来ていた。
何も持ち帰らない予定だったけど、少し考え直して、足元に転がっていた桃色の石ころを拾い上げた。これは確か、檸檬色の層に挟まっていた鉱物だった。
僕はそのまま自分の掘った穴を抜け出して、てくてくと小型宇宙船へ乗り込んだ。もちろんこれもジャンク品で構成された、安さだけが売りの旧式だ。エンジンをかけて、ゆっくりと飛び立つ。操縦席の傍にある小窓から、小さくなっていく星を見続けた。灰色の球体に、ぽっかりと一部分に空いてしまった色彩を、見ないようにしながら。
───早く国道流星群に入らないと。
僕は窓から無理やり目を離して、現実を見据えた。次で今日最後の流星群になってしまうから。これを逃すと帰るのが日付を超えてしまう。
僕はハンドルを切り返して、スピードバーを上げた。がたがたとぼろがきた宇宙船は揺れ動きながら、銀河を進んでいく。
ポケットの中で、桃色の付箋がころりと転がる感覚がした。
1/18/2026, 5:43:56 PM