「鏡の中の自分」
向かい合っていた体を180度回転させる。
うちは俯いた顔を上げることが出来ずにいた。
心臓が痛い。
気を緩めたら泣いてしまいそうだ。
大好きな彼の顔も見れず、声も息遣いにも拒否反応が出た。
読書家で博識で知的に論理的に話すのに、どこか子供心もある大好きな彼。
この部屋で彼と同棲を始めてから2年。
結婚するかもなんて浮かれていた自分が心底恥ずかしい。
彼とうちの気持ちはちっともひとつじゃなかった。
浮気がバレたこんな状況でさえ耳障りのいい言葉を並べてくる彼に初めて吐き気を覚えてしまった。
こんな気持ち知りたくなかった。
「もういい。聞きたくない。」
荒げた自分の声に押されて顔を上げた時、姿見が目に入った。
お気に入りの大きな鏡。
毎日だらしない姿を見せないようチェックするために奮発して購入した鏡。
けど、ふとした瞬間に目に入りやすい鏡は、彼と笑い合っている時、ご飯を食べている時、寝転がって本を読んでいる時、セックスをしている時、色んなだらしないうちらを写した。
おまけに鏡に映った自分は本当に幸せそうで、世界で一番可愛く見えた。
なのに鏡が映す今のうちらは他人以下だった。
大好きだった彼は人間の形をした何かだったし、そんなやつにいいように言われているうちの顔は世界で一番嫌いな顔をしていた。
数日後、彼と同棲を解消しうちは家を出た。
あの大きな姿見は彼の家に置いていった。
忘れたくない思い出と、忘れたい思い出のその両方を閉じ込めていたかったから。
新居の姿見にはコンパクトサイズを選んだ。
大きくなくていい。
だらしなくてもいい。
欲張りすぎず自分の目で見える範囲から大事にしていこうと思えたから。
11/3/2023, 4:10:44 PM