鮎川。

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わかる人にはわかるカプです

「ダンナァ〜今日もお疲れ様でした!相変わらず凄まじい活躍っスね〜流石ダンナ!」
「お前こそ、相変わらず何もしていなかったな」
こいつ、おれに向いてない業務を押し付けて同伴させておいて酷い言い草だ。おれは事務作業員!外には出たくないの!何が生命危機管理訓練だブァ〜カ!!ラッキーでおれのこと始末したいだけだろうが!!!
でもいい。今日の業務はこれで終いだし、そしたら忌々しいこいつとも明日の朝までオサラバだ。明日の朝にまた顔を合わせなければならないのが癪だが。
「あ、じゃあおれはこれで。ご苦労さまです!」
適当に挨拶してその場を去る。今日は思ったより汗をかいてしまったのでさっさと風呂に入ろう、メシは……まあダルいし抜いていいか。とにかく寝よう、寝たら全てが終わる。明日のことは明日考えるのがおれだ。まずは自室に着いて
「おい」
「んえ?ッあ、ダンナ!?」
なんでこんなとこに、と声を上げようとしたが、ダンナの眼圧が強烈過ぎてろくに息も吸えない。なんだこいつ。おれの部屋の前でなにやってんの?
「えッ、おれなにかしました……?粗相とか?」
「テメェはいつも粗相ばかりだ。ただ、おれが挨拶するより先に行きやがったから待ち伏せしただけだが」
「あ……はァ……」
ただってなんだよ怖ェ〜〜!!!!普通に帰らせろよクソが!!!
「ずいぶんと不満そうだな」
「…ンなことないですよ〜!!むしろそんなことだけのために張っててくれてありがたいっていうか!」
「そんなこと、だと?」
「あっいや、その、なんつーか」
なにが逆鱗に触れるのか分からないこの感覚。耳元に時限爆弾をおいてひたすらにコードを切っていくみたいで大嫌いだ。
おれが黙るとこいつも黙るので、おれから話し出すしかない。
「つまり、挨拶だけしに来たんスか」
「……」
「あ、違う?じゃあ何しに……」
「……」
「え?黙秘?嘘でしょ??」
「……」
「……」
「……」
「そーですかそーですかわかりましたよ!何かして欲しいんスね!?何でもしますからそこ退いてください!!」
「ほう。じゃあ一つ頼むとするか」
あ、やべ。なんかおれやべーこと言ったかも。こいつの目が変わった……獲物を見る目に。
「だッ……ダンナ、やっぱり」
「抱きしめろ」
「へ?」
「抱きしめろ、と言ったんだ」
拍子抜けだ。てっきりこうもっと……靴舐めろとか、裸踊りしろとか、そういうアレかと……。
「抱きしめるって……女呼びゃいいじゃないスか。ダンナなら苦労しないでしょ?」
「ハッ、愚問だな」
なんだこいつ。そう思いながらおそるおそる背中に手を回す。こいつは縦にも横にもでかいので、抱きしめるには一苦労だ。
「アー……これでいいスか?」
「……構わん、下がれ」
テメェが下がれよブァーカ!!!!頭の中でそう一喝し、一向に退く気配のない男を遠慮がちに睨みつける。
「あ。もしかして……」
そういうことスか、と聞こうとするも羞恥に阻まれる。目は光っている。月明かりが差してきた。
「続きは部屋でするか?」
「は?明日も仕事スよ?」
「一日事務作業にしてやる」
「まじで!?やったー!!!」
ぺか、と笑う顔にも光が差す。まだ離れたくない、光る目はそう訴えていた。

8/21/2023, 9:41:56 AM