テーマ:ゆずの香り #40
※この物語は#20からの続編です
「ミデルは、これからどうしたい?」
僕は話し終わった彼女に問う。
「僕はもっとこの国のことを知るために、その……」
「『地下牢に行きたい』でしょ」
僕の心の内を読むように言ったミデルは、目を閉じた。
「ラクラ、気を遣わなくていいんだよ」
ミデルは、目を開けた。
「過去を知ったからって、今不幸なわけじゃない。私は今幸せだし、自分のしてきた選択に後悔はない。だからそれでラクラの選択肢を狭めたくない。私のことはあまり考えないでほしい。ラクラはやりたいことやって、知りたいこと知るべきだって私は思う」
ミデルは、真剣な眼差しを向けていた。
なんて情けないんだろう。ミデルを見て僕はそう思った。王宮にいたときのあの天真爛漫な僕はどこへおいてきてしまったのだろう。
何も考えずに突っ走る。そうやってきたじゃないか。
ミデルと会えたのだって、元はと言えば僕の自由な行動のせい…いや、おかげなのだから。
「ごめん、そうだよな。僕はこの国を変えるんだ。みんなが笑顔で暮らせる、自由で平等な国に!!」
僕がそう言うとミデルは微笑んだ。
「兄ちゃんたち、旅してんのかい?」
僕たちは帰る途中、小屋の住民の男に声をかけられた。もちろん僕たちはローブを深く被り、ミデルもいつも通りの黒い手袋をしていた。
「よかったら泊まっていく? もう日が暮れちまうよ」
僕は戸惑った。知らない人の家になんて泊まったことがない。ミデルを見ると彼女は最初は無反応だったが、頷いた。
「じゃあ、一晩だけ泊まらせてください」
僕がそう言うと男は頷いた。そしてすきっ歯を見せて笑った。
「お風呂まで入らせてくれてよかったな」
僕は部屋に入ると、寝巻き用のローブに身を包むミデルに言った。
「ゆ、」
「ゆ?」
何故かわなわなと肩を震わせているミデル。
「ゆ、ゆずが浮いていたぞ」
僕はミデルの言葉に頷いた。
「ゆず風呂なんて聞いたことが僕もない」
僕も知らないというとミデルはキョトンとした目で僕を見る。
「ラクラでも知らないことがあるのか」
「当たり前だよ。僕よりも知識がある人はたくさんいるよ?」
僕がハハハッと笑いながら言うと
「ゆずを風呂に浮かべるのは、今日が冬至だからだよ」
話を聞いていたのか、男が部屋に入ってくるなり言った。
「とうじ?」
「冬至はな? 夜が一番長い日のことを言うんだよ、お嬢ちゃん」
男はミデルに近づき言った。ミデルはひぅ、という変な声を上げ、僕の側に寄った。
「温まれたかい?」
男は僕に目を向けるとニィっと笑った。
「はい、ありがとうございました」
僕がお礼を言うと男は急に僕の顔をまじまじと見て
「おや、兄ちゃんの顔。どっかで見たことあるような…」
そう呟いた。僕の温まった体から冷や汗が出てくる。
「そうですか? まぁ、どこにでもいるような顔ですし…」
そう誤魔化すと僕のことが王子であることを思い出す前に早く出て言ってほしいと願った。その願いが届いたかのように男は
「まぁ、疲れているんだから早めに寝ろよ」
そう言い残し、部屋を出て行った。
「ふう…」
僕が一息つくと、僕の腕にぐっと重石がかかっているような感覚がした。それはミデルの手だった。カタカタと震えていた。
「大丈夫?」
僕が彼女の震える肩に触れる。
「怖かった……」
僕にもたれてくる。
「やっぱり、泊まらないほうが良かった?」
彼女は震えながらも首を横に振る。
「新しいこと知ることできたから」
彼女の体からほんのり、ゆずの香りがした。
「ミデル、おやすみ」
少し経って、ミデルの震えも収まったため布団を敷き、僕たちは寝ることにした。隣に寝ることはお互い慣れた。
「おやすみ、ラクラ」
僕たちはそう言って目を閉じた。
悲劇が待ち受けていることを何も知らずに。
12/22/2022, 1:54:32 PM