クレハ

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推し選手のインタビュー記事が載っているらしい。
公式SNSのお知らせで本屋に買いに走った私は、残り一部となっていた件の雑誌を抱き締めてセルフレジに向かった。表紙まで彼なんて聞いてない。雑誌コーナーで奇声をあげかけた。

彼のことについて少し説明しよう。
テレビに出ても見劣りしない綺麗な顔立ちと、そのスポーツに対する真摯な姿勢。普段はのんびりとどこを見ているのか分からないのだが、一度集中すれば観客に目を向けることもなく真っ直ぐ前だけを見つめている。試合中は休憩時間にファンサービスなんてしないので残念がられているが、そこが良い。

早速インタビューページを開く。青い椅子に座った彼の全身の美しさを浴びてしまって十秒ほど時が止まった。
ハッ。
意識を取り戻して、文字をおう。
内容は挨拶から始まり、今シーズンの優勝を祝うもの。身体が弱かった幼い頃の話や、高校時代の思い出話。その競技では強豪と言われる高校での生活はやはり普通とは違うもので、本当にそんなことが?と不審に思うような内容ばかり。けれど彼は話を盛るような人ではないので(逆に全てを感じたまま喋りだす)、全て本当のことなんだろう。

「今までで忘れたくても忘れられないことですか?」
―はい
「(熟考)……高校のとき、ですかね?」

インタビューも終盤というところで、インタビュアーが問いかけた内容が目に入った。高校時代、今はプロの選手となり優勝を掻っ攫っているものの、当時は伸び悩んでいたときく。彼がプロとなった後に彼を知った私は、興味本位で過去の戦績を見て、高校三年間夏の大会で一度も優勝していないことに驚いてしまった。あんなに実力のある彼が、と思うと、やはり夏の大会は他とは雰囲気とか全然違うのだろう。
そして、彼のような人でも、敗北は忘れられないことなのだろう。少し、読むの怖いな。けれど怖いものみたさで先に目を向ける。

「キラキラして、オレの視界に突然入ってきて、あれは忘れられないかなあ(笑)」
―どのような状況だったんですか?
「オレ少しメカトラ起こしちゃったんです。その時競ってたのがあの人で。フツー、先に行くんですよ、偶然のキセキで勝てるなら、そっちを選ぶ。でもあの人、待ってて。結局勝ったのはオレだけど、なんだろう、怖かったんですよね」
―試合に勝って勝負に負けた?
「そう!それ!!全然忘れられなくて、ずっとあの背中が離れない」
「もちろん、皆と戦うのは好きですよ。どんなスタイルなんだろう、とか、どんな性格なんだろう、とか、どんな進化を遂げたんだろう、とか。忘れないって意味じゃ、たくさんあります」
「忘れたいこともたくさんありますよ。色々切羽詰まって空回りしたこととか。でもそれは別に忘れても忘れなくてもどっちでもいいな」
「でも、忘れられないのはあの人だけ。あの背中は鮮明で、オレの視線を過去に戻しちゃうから」
「高校のとき競った人の中で唯一二度と本気の勝負しなかったってのもありますけどね(照)」

きっと、カメラマンは咄嗟にシャッターを押したんだろう。注釈はついていないけれど、なんとなく思う。忘れたくても忘れられないものを語る彼の表情は驚くほど輝いていて、それはまるで。

「うわ、✕✕じゃん」

じっくり見ていた私の前に座った同級生の声がする。もしかしてそろそろゼミの時間だろうか。私は顔をあげて目の前の男を見る。あいかわらず線が細いのか中性的な印象の抜けない男。
有名人を敬称無しで呼ぶ人は多いから、そういうやつだろうと軽く考えてインタビュー記事を見せてやる。

「こういう有名人のさ、忘れられない人になるにはどうすればいいんだろうね?」
「ハァ?」

別になりたいわけじゃないけれど。一度の邂逅でここまで思われるなんて少し羨ましくもある。
顔をしかめる目の前の男に、件の内容があるあたりを指差した。文字を追っているらしく目が忙しなく動いている。
そしてどんどん、変な汗をかきだした。

「…………ねえ……どうしたの?」
「…………〜~~~ッッ」

そういえばこいつ、高校時代彼と同じ競技の部に所属していたと言っていなかったか。
…………あれ?

耳まで真っ赤にして突っ伏したやつを見下ろす。
私の予想が正しければ。
忘れたくても忘れられないのは、お互い様なのかもしれない。

お題「忘れたくても忘れられない」

10/18/2023, 6:11:24 AM