忘れられない、いつまでも。
高校一年生、初めての席替えのとき。
それが彼女との最初の出会いだった。いや、正確には同じクラスだから一ヶ月くらい同じ環境にいたのだけれど。
ともかく、僕が彼女を毎日意識するようになったのは、その席替えからだった。
たまたまくじ引きで隣の席になって、お互いの好きなイラストレーターの話をしたことがきっかけだった。
彼女は好きなことを話す時、少し照れたようににへっと笑う。ほんの些細な表情。でも、僕はその一瞬で恋に落ちてしまった。単純な話だ。
そこからは、ことあるごとにお互いの好きなゲームやアーティストの話をした。毎日同じようなことで盛り上がって、時にはおすすめのイラストレーターを新たに紹介しあって。その度に彼女は嬉しそうに微笑んだ。
その度に、毎回胸がふわふわするような、愛おしくて抱きしめてしまいたいような感情が込み上げる。
幼さの残る可愛らしい表情も、肩より少し長い位置まで伸びた艶やかな黒髪も。ぎゅっと抱きしめてしまいたい。
でも、僕の口からは決して「好き」の一言は出てこなかった。彼女を抱きしめることもできなかった。
だって、嫌われたくないから。
そんなこんなでもどかしい日々を送っていると、次の席替えがあっという間にやってきてしまった。
先生が席替えを発表すると、みんな口々に「やったー!」だの「えー!」だのわちゃわちゃ叫んでいた。
僕が寂しそうに彼女の方を見つめると、視線に気づいたのかにこやかにこちらを向いて
「ついに席替え、楽しみだね!」
その瞬間、僕の胸はぐじゅりと握り潰されたように苦しくなった。決して僕のことは嫌いではないけれど、好きでもない。その事実が嫌というほど伝わってしまうのうな一言だった。
彼女に悪意はないけれど、いやむしろ悪意はないからこそ、たった一言が胸を容赦なくえぐっていく。
彼女は隣の席になった男子とも楽しげに話していた。僕の時と全く同じような笑顔で、話しぶりで。
「決して自分だけが特別な存在ではない」という事実が目の前に突きつけられる。
わかってはいるけれど、目を背けたくなってしまう。
それからというものの、彼女とは廊下ですれ違って挨拶や一言二言交わすくらいしか会話をしなくなった。
いや、意図的に僕が避けていたと言う方が正しいか。
きっかけもないのに話すなんて、気があると思われたら警戒されるかもしれないからだ。
だったら嫌われてもないし、好きとも思われてない状態くらいが心地よいだろう。なにより相手を傷つけたくないという建前で、自分を傷つかないようにしたかった。
それでも彼女を好きだという気持ちは変わらないし、むしろもどかしさでさらに好きが深まっていた。
当たり障りのない関係がしばらく続き、高一最後のひと月、三月になった時のこと。
彼女は父親の都合で海外に転校することとなった。
最後にクラスの前でお話をして、瞳に涙を浮かべながら一年間の思い出を話して。
そのあとは女子たちや同じ中学出身の男子たちと話をしていて、僕には近寄れなかった。
本当は寂しいという気持ちも、大好きだという気持ちも伝えたかったけれど。
だが、この思いはもう諦めるしかないとその時点で確信した。でも喪失感で胸に穴が空いたようだった。
虚な気持ちで帰り道についていると、スマホの通知が鳴った。それを見て僕は妙な嬉しさと寂しさが混ざり合う不思議な感情で体がおかしくなってしまいそうだった。
「……くんへ、一年間ありがとう」から始まる文章は、僕と初めて席替えをした時のことから趣味の話で盛り上がった時のことまで、事細かに書かれていた。
……愛おしくてたまらない。思いが込み上げてきて、僕の頭の中は「好き」の一言だけになってしまう。
告白して思いを伝えればよかったという気持ちが湧いてくる。だが、そんなことをするなんて図々しいという気持ちがそれを堰き止める。
僕は感謝のメッセージを返したあと、彼女もまた返信してくれた。そこから連絡は少し途絶えたけれど、三月中旬が誕生日だったのでそこで彼女にお祝いの連絡を入れた。そこから少し会話が続いて、高二になってまもないころに僕の誕生日がやってきたときにはお祝いの連絡をくれた。また連絡は一時的に途絶えるけれども、一年に一回はお互いの誕生日を祝うようになって、大学二年生の今に至る。
彼女は海外から帰ってきて、日本の大学に通っているらしい。でも、会うことはない。相手に恋人ができたかなんて思ってしまうけれど、SNSを見る限りそんなことはなさそうだ。それで少し安堵してしまう自分が情けない。
耳にイヤホンを差し込み、彼女が中学時代におすすめしてくれたアーティストの最新曲を流す。失恋を歌っているのに心地よい曲調で、歌詞とは裏腹に心が癒される気分になる。
近々、このアーティストは武道館でライブをやる。あの頃は知る人ぞ知るアーティストだったけれど、今では多くの人から愛される大物になってしまった。僕もすっかりファンになってしまったけれど、彼女もいまだに好きでいるらしい。もしライブに行ったら、高一の時みたいにたまたま隣の席で、また同じように盛り上がれないだろうか。
「こじらせすぎ」「彼女を好きな自分に酔ってる」
冷笑するような考えが頭をよぎっては振り払う。
あの頃よりは、好きの気持ちが少し落ち着いた。
けれど、忘れられない、いつまでも。
僕は多分、心のどこかでずっと彼女のことが好きなままでいるだろう。そしてその思いは、決して誰にも話さないだろう。
5/9/2026, 2:00:14 PM