鳥のように
鳥のようになりたい。
それは誰しもが思ったことだろう。
空を飛びたい。
羽を使って大空を駆け抜けたい。
この2つの願いを両方持っているのは、
私達がよく見る鳥だ。
鳥になりたい。
そう願った人は少なからずいるだろう。
では、鳥は我々人間のようになりたいと思ったことがあるだろうか。
おそらくないであろう。
なぜなら人間は、いつも何かに縛られているから。
人間関係、家族、金銭、あるいは人生。
鳥たちからみると、人間は【可哀想】なのか。
いっても、鳥の気持ちはわからない。
だって鳥は言葉を話さないから。
人間は、言葉さえも縛られている。
暴言、愚痴、悲しみ、本音
【言ってはいけない】とはなんなのだろうか。
自分の気持ちを言葉表すことが、そんなに悪いことなのだろうか。
時には、言葉一つで人生が崩壊してしまうときだってある。
こうして今も画面に打ち込んでいる文章を、
厨二病、気味悪い。
そう思う人もいるだろう。
でも、地面に縛られていることが悪いとも限らない。
人間は、地面にいるからこそ、
ベッドで寝れて、座ってご飯を食べれる。
そもそも、【自由】とはなんだ?
本当の【自由】はあるのか。
それとも、言葉だけなのか。
人間はいつも【自由】を求めている。
その対象が鳥になることもあるだろう、
けれど、果たして鳥は【自由】であるのだろうか。
鳥のようになれたとして、果たしてそれは幸せなのか?
それは誰にもわからない。
8/21/2024, 12:15:20 PM