薇桜

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 強烈な殺気を感じて、私は何かを避けた。地面にはやりが刺さっている。
 近くに誰かがいる気配はない。相当な隠密能力だ。
 こんな完璧に気配を消せるものなど、1人しか覚えがない。
「…あなたは私を殺せない。」
「なぜ言い切れる。」
返ってきた声は、あの頃聞いていたものより温厚になっている。さすが、騙し討ちが得意なだけある。
「私は死なないから。」
「オレはお前を殺すために鍛錬してきたんだ。」
「知ってる。」
彼はようやく私の前に姿を現した。殺気を露わに、鋭い目で私を睨みつけている。
「お前じゃなくて、せめて名前で呼んでくれない?師匠と呼べとまでは言わないからさ。」
「どうでもいい。これから死ぬ者の戯言だ。」
話をする気はなさそうだ。私は死なないって言っているのに。
 私は魔法槍を取り出して、彼の攻撃を受け止める。
「殺す前に聞きたいことがある。」
彼は自身の槍を引く。
「何。」
私も構え直す。
「お前は、オレがお前を殺すために鍛錬していたことを知っていると言った。なぜ知っている?」
「私は鈍感だけど、あれだけ睨まれていれば、恨まれていることくらいわかる。」
「じゃあなぜオレがお前を恨んでいたのかは?」
「それもわかってる。私があなたの自殺を止めたからでしょ?」
すべて予想であったが、彼のわずかな表情の変化が、それがその通りであることを語っている。
「そこまでわかっていて、なぜオレを弟子にした?」
「私があなたの自殺を止めたから、あなたに何かしら生きる道を与える責任があった。それだけだよ。教えたことが人殺しに使われるのは残念だ。」
私はまた、彼の槍を受け止める。激しい攻撃を、すべてさばく。
 彼は元来素直な性格の持ち主だ。攻撃1つ1つその全ての根底に、私が師として教えたことが垣間見える。
「あわれだ。」
私は彼の槍を弾き、彼を追い詰める。弾き飛んだ槍は、カランと音を立てて地面に仰向けに倒れた彼の足元に転がった。
 彼の自殺未遂の原因は、悪党に騙され絶望した両親が、身を売ったことだった。それで生き残った彼が、幸せに生きられるだろうか。
 たまたま彼の飛び降り現場に通りかかった私は、何も考えずに彼を助けていた。
「さすがだ師匠…。」
そう呟いた彼の目に、もう殺意はなく、純粋に敵をたたえる眼差しだった。
「ねぇ師匠…。死にたいと思ったこと、ないの?」
「…あるよ。私はあなたの何十倍も生きてるからね。」
彼の気持ちは、痛いほどわかる。
「じゃあ何で、オレを助けた。」
「理由はなんであれ、死んでしまった人はもう、生きてる人の記憶の中でしか生きていない。だから私は生きるよ。たくさんの思い出の中で、みんな生きてるから。」
私は彼を追い詰めていた槍をどける。
「…。」
「今度は正々堂々正面から来てね。」
私は旅路を進もうと槍を片付ける。
「ねぇ師匠。もう一度、オレを弟子にしてくれよ。」
「なんで?私の修行は終えたはずだよ。」
「師匠を恨んでいた記憶じゃなくて、生きる目的を教えてくれる師匠との、たくさんの思い出がほしくなった。」
やはり彼は、素直だ。彼を弟子にして良かった。

11/19/2023, 9:40:34 AM