焼き鮭

Open App






「…………何をしている」

すぐ傍らから上がる、気怠く、僅かな掠れを含んだテノールへ、傭兵はベッドの下から拾い上げた広い鍔のポークパイを鶫の巣となった頭へ被せて振り返る。

「へへ、似合う?」

「…………くだらん事を」

窓の向こうの夜明け前の白んだ空は、おおよそ今の部屋主にそぐわぬドレープカーテンにより遮られ、室内を照らすのはベッドサイドのおおよそ部屋にそぐわぬ無骨なランタンの、黄色味がかった灯りである。

「つれないこと言うなよ旦那。ピロートークなんざ、くだらなくてナンボってもんよ」

それまで見えていた古傷塗れの背中に代わり視界へ割り込む表情の長閑さへ、腕を枕に横たわったままの吸血鬼は、対照的な顰めっ面を浮かべて鶫の巣に鎮座している帽子へ手を伸ばす。

「あっ……なんだよケチ」

吸血鬼が難なく奪還した己の帽子をヘッドボードの装飾へと引っ掛けてしまえば、得意気に笑っていた傭兵は途端に唇を尖らせ抗議する。

「ケチもクソも、あるものか」

"少し寝かせろ"

皺の寄ったリネンに白い身体を擦り付けるよう寝返りを打つ吸血鬼の何処かふわついたその声音に、一瞬前まで拗ねて見せていた傭兵は途端に機嫌良さげに隻眼を綻ばせる。
試しに起こしていた半身を己へ向けられた白い背中へ寄り添うように横たえれば、僅かに緊張を走らせた白い背中が、それでも離れていきはしない事に浮かべた笑みを深くする。

「少しと言わず、夕方まで居てくれても良いんだぜ?」

「…………30分したら、おこせ」

微睡みかけながら迷った末、背中越しに命令を下す吸血鬼の声音は半ば眠気に溶けている。
互いの下肢に掛かるブランケットを銅の方まで引き上げながら、要求通りに声を掛けるかそれともと思案する傭兵はまず、早くも規則的に隆起し始める冷たく塩っぽい肩へ軽くキスを落とす事にした。




お題:帽子を被って

1/28/2025, 6:23:46 PM