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「Registerのお兄さん」
「はい?」
「生徒1人を失うのって、こんなに寂しいんですね」


日本が人口の減少により、衰退の一途を辿る今、「Register」と呼ばれる日本国保存機関がUNESCOより発足し、派遣された社員たちが日本を訪れ、残り少ない日本人との会話、記憶、情景までをも保存していた。そして、Register社員である僕は今回、ある図書館を訪れていた。

宵ノ図書館。夜、宵の時間にだけ開館する、天井がガラス張りになった図書館である。そこにいた日本人はたったの2人。館長と、若い女の子。その若い女の子は、今回Registerの社員として採用されることが決まっていた。

図書館に到着すると、館長が中を案内してくれると言うので、僕は録音と録画を開始した。館長がゆっくりと歩き出す。天井がガラス張りなので、ふと上を見上げると、満天の星空が広がっていた。館内に照明はなく、月の光だけを灯とするそのテイストに、僕はこっそり日本人の儚さを感じていた。
「本、読み切れないほどたくさんあるんですね」
「ええ。だからきっと、あの子が居なくなっても、暇を感じることはないんじゃないかな。…あの、あの子は、Registerで上手くやっていけそうですか?」
「はい、大丈夫だと思いますよ。笑顔が多いし明るいし、きっと皆に愛されると思いますよ」
「それは良かった」
「…寂しくは、ないんですか?あの子は、今となってはたった一人の心を許せる人でしょう?」
「そうですね。…でも、生徒の卒業ほど、嬉しいことはありませんから」
そう言って笑った館長さんは、どこか無理をしている気がした。1人になったら、こっそり泣いてしまいそうな、そんな気がした。
「Registerのお兄さん」
「はい?」
「生徒1人を失うのって、こんなに寂しいんですね。…やっぱり、寂しい。星はこんなに輝いているのに、本は読み切れないほどたくさんあると言うのに。生徒をたった一人失うだけで、こんなにも心に穴が空いてしまう」
「…」
「でも、良いんです。寂しい分だけ、あの子を思い出せるから」
どこか遠くを見つめる館長さんの目には、きっとあの子の背中が映っているのだろう。
「そうですね。きっと、寂しさと寄り添うことも出来ると、僕は思いますから」
「…はい」
次に笑った館長さんの瞳には、涙が溜まっていたけれど、きっそれは悲しい色をした涙じゃなくて、生徒の門出を祝う、桜色の涙だったのだろう。

♯1つだけ

4/3/2023, 2:23:03 PM