『ひなまつりの夜に』
「おい、おれこんな楽器は吹けないよ」
「はは、去年は俺がそれを持たされていたからな」
「この家の人間は、学習というものがないな」
「たしかに、私の提子もほれ、あそこに」
「何処だ」
「ほれ、あそこにさ。最後の段の牛車の横さ」
「牛車の横に」
「飾りきれなかった小物が、箱にまとめて、置いてあるな」
「本当だ、俺の烏帽子もあそこにあるぞ」
「まあまあ、みんな、文句はなしよ」
「どうしてですか、お雛様」
「毎年きちんと出してくれるのだから」
「そうですかねぇ。僕は弓持ちなのに、太鼓のばちを持たされてます」
「まあまあ、今年は我慢しときましょうぞ」
「お内裏様は人がよすぎますです」
「私たちだって、順番違うし」
「そう、持ち物もちぐはぐで」
「官女なのに、足元に鼓がつづみが・・・」
ガララララ
「お静かに、誰か来るぞ」
ガラス戸の開く音がして
『あっ雛人形かざったんだ』
『そうよ、おじいちゃんが倉庫から出してくれたので、飾ったの。この人形は、母さんが子供の時に買ってもらったものよ』
『お母さんが子供だったの』
『そうよ。毎年ここから元気な姿を見守ってくださるのよ』
『私も守ってくださるの』
『そうね、守ってくださるわ。さあ、その菱餅を飾って』
『おかあさん、どこに飾るの』
『ほら、そこあいている所でいいわよ』
ギリリギリリキリリ
『何しているの』
『オルゴール鳴るかしら』
ポロンポロン ポポロン ポンポポ ホロン
ポンポポ ポポロン ポンポポ ポロン
『ひな祭りだ』
しばらくの間、人の去った静かな部屋の中に流れました。
「いい子だな」
「はい、いい子ですね」
「よかったね。この家に飾られて」
「そうだな、笛でも吹いてみるかな」
「おや、吹けないのではなかったのか」
その夜、真夜中をすぎたあたりから、雛壇の部屋でがそごそと、小さな音がしていました。
家族のみんなは寝静まっておりましたから、気がつきませんでした。
「おい、俺の鼓は・・あったあった」
「烏帽子 烏帽子と」
「弓と矢と」
みんな、段のあちこちを行き来し、本来の場所へと移動し、また、四五人は、牛車の横の箱の中をあさって、自分の持ち物を探しています。
一番上で、お内裏様とお雛様は立ち上がって、その様子を首を伸ばして、ちょっと笑いながらのぞきこんでおりました。
やがて、すっかりと、みんな持ち場について、がやがやと騒がしかった雛壇が落ち着いた時、切れていたぼんぼりの電燈が突然ついて、飾り車が、青やら赤やらの明かりをまわしはじめました。
『あれ、オルゴール鳴っているよ』
女の子が目をさましました。
でも、それはオルゴールではなく、五人囃のかなでる、雅楽の調べなのでした。
『わたしの・・・ひな祭りよ・・・』
そのまま女の子はまた眠りにつきました。
次の日です。
きちんと並んだ雛壇のことを、家の人間は見直しましたが、もちろん、その順序やもち持ちのが変わっていることにも、まったく気がつかなかったのです。
3/3/2024, 1:30:22 PM