【麦わら帽子】
まだ日差しの強い秋口。レイは一人でばら園に来ていた。
レイは花が好きだ。
小さい頃家族で旅行に行った沖縄で、南国のカラフルな花々を見て衝撃を受けてから、花をモチーフにしたデザインをたくさん描いてきた。特に、「いぺー」と呼ばれる濃い黄色の花を見て感激し、部屋にはイエローのカラードレスのデザインが何枚もある。いつかもっと自由に使えるお金ができたら、実際に作るつもりだ。
そういう理由で、今でも時々花園に出かけては写真を撮ったり、簡単なデッサンをしている。
斜面に植えられたバラの華やかさを堪能し、トンネルになった温室を抜ける。香りもいい刺激になる。甘く誘惑するような香りや、ただひたすらに美しく爽やかに立ち去るような香りもいい。バラにはたくさんの種類があるから、見ていて飽きない。ベルベットのような肌触りの真紅のバラや、少し触れただけで裂けてしまいそうな透き通る白い一重咲きのバラ、かすれたようなピンクの花びらが重なりあって陰影が美しいバラ・・・。一つ一つモチーフにしてドレスを作って、そのバラの名前を付けたいくらいだ。
円形になった花壇の中で、エレガントレディという名前のバラが気を引いた。柔らかくしなやかな花びらは、中心から端に向かってクリーム色から可愛らしいピンクへと変化する。華やかというよりは、純真で優しいイメージだ。
秋空に向かって背を伸ばすその姿を写真に納めてふと振り返ったレイは一人の少女に目を奪われた。
透け感のある柔らかなアイボリーのワンピースに、麦わら帽子。少女はとても華奢で、色が白く、儚くて、今にも消えてしまいそうに見える。そんなからだとは対照的に、興奮を隠しきれない明るい笑顔がとてもまぶしい。少女はちょうど温室から出てきたところで、眼下に広がる美しい景色にとてもはしゃいでいるようだ。
こちらの視線に気づいたのか、少女が少し不思議そうな顔になった。すぐに後ろから母親らしき女性が顔を出し、こちらを伺うようにして見る。
今日のレイはフード付きのカジュアルなロングワンピースを着ていて、キャップをかぶっていた。暑いのは覚悟でミディアムの長さのウィッグをかぶり、三つ編みにしていた。遠目には男だとは分からないだろう。軽く会釈をして立ち去ろうとしたとき、母親らしき女性の方が話しかけてきた。
「もしかして、レイくんじゃない?」
レイは驚いて立ち止まった。
「はい・・・。どこかでお会いしましたか?」
「もう覚えてないかもね。むかーし、公園でサキと何度か遊んでくれたことがあるのよ。」
後ろに立つ麦わら帽子の少女を指さす。
「サキちゃん・・・?」
懐かしい記憶が呼び出された。そういえば、あの頃もこんな麦わら帽子をかぶった女の子が公園にいて、一緒に遊んだっけ。
「サキは覚えてない?ほらあなた、体が弱いからなかなか他の子と一緒に遊べなくて、でもレイ君は一緒に木陰で花冠作って遊んでくれたでしょう。」
「あ・・・!覚えてる・・・!」
「あの時から美少年だったけど、ほんと素敵に成長したわね。」
サキの母親がにっこりと笑う。すっと通った鼻筋に、流し目が色っぽい表情を作る。素敵という言葉はあなたのためにあるのでは、とレイは思った。名前は確か、藤本さんだ。
「そういえばよく、親子と間違われていましたね。サキちゃんはお父さん似で。あ、今日はお父さんは・・・?」
「ああ、あの後離婚したのよ。今は二人暮らし。」
藤本さんが肩をすくめた。
「って言っても、わたしはほとんど病院だけどね。」
二人ともあっけらかんとしている。
「レイ君は一人?」
「はい、たまに一人で来るんです。花を見てるといろんな服のデザインが思い浮かぶから。」
「あら、デザイナーさん目指してるの?」
それからしばらく雑談をして、連絡先を交換した。
「サキとまたお友達になってちょうだい。この子、あんまり友達いないから。」
「いないこともないわよ。」
ふくれっ面もかわいらしい。
別れてからもしばらく、ワンピースをなびかせながら歩いていくサキの後姿を眺めていた。麦わら帽子のつばからのぞく白いうなじが、日差しを浴びて輝いているように見えた。一言でいうと、儚げな少女。
(もしかしてモデルにぴったり…?)
8/11/2023, 3:15:45 PM