蘇る。鉄臭い302号室、物が散乱としたリビング、血溜まり、目元に涙のあとが残っている母、ナイフが刺さったままの妹、血だらけの父、小さく呼ばれた私の名前。嘘だと思いたかったが、まだ体に馴染んでいないセーラー服に染み込む家族の血がそれを阻んでいた。汗と涙と血がごちゃごちゃに混じっていく床を呆然と見つめていた。目を背けたくなるくらいの惨状に涙をぼろぼろと流し続けた高校一年生の春。今も尚、脳裏に鮮明に焼きついて離れない過去の記憶が私を噛み殺す。もっと早く家に帰っていれば?私の帰りを待たずに、家の鍵を閉めておくようお願いしていたら?たらればを並べたって何も変わるはずがない。心の中の後悔は拭えず、ただその悪夢を繰り返すばかり。
お葬式の日、私に哀れみの目を向ける大人や、こそこそ何かを話している大人が嫌だった。察しのいい友人に連れられてトイレで吐いた。家族との思い出をぜんぶ有耶無耶にしてしまいそうなほど曖昧な色をした吐瀉物にまた涙を流した。
家族との最後の記憶ばかり脳内では再生されていた。あんなに私を苦しめる記憶が、家族で行った水族館だったりとか、夕ご飯の時の他愛もない会話とか、そんな些細な幸せすらも見失ってしまうくらいの記憶だと思いたくない。
逮捕された男までも、私を見るなり哀れむような目を向けた。やめて、見ないで、見ないでよそんな目で。なんで、なんであんたがそんな顔をするの、私の家族を苦しめたのはあんたのくせに。あんたのせいで私は…………
───「起きて、起きて」
はっと目を開く。横では心配そうな顔をした彼が座っていた。私の右手を優しく握って、私の目覚めを待ってくれていたようだ。
身寄りのなくなってしまった私を引き取る役を買って出てくれた、高校の化学の先生。容姿端麗、しっかり者の彼は本当に優しくて、私がこうやって魘される度にずっとそばに居てくれる。
「せ、せんせい…」
私は先生に抱きついた。先生の服がシワになってしまうかもしれないくらい、強く強く。先生も抱きしめ返して、そっと背中を摩ってくれた。
「先生、わたし、わたし……」
「よしよし、大丈夫、お前はよく頑張ってるよ」
私をダメにする甘ったるい言葉にまた甘えてしまう。私は彼なしでは生きられないかもしれない。
「ずっと離れないでね、先生、大好き」
彼は微笑んで、
「うん、ずっとそばに居るよ、絶対に離さない」
と言いながら私の頭を撫でた。
「脳裏」
11/9/2021, 1:17:34 PM